北朝鮮の軍拡を支えるロシア資金――日本の安全保障はどう変わったのか?

編集部投稿者:

北朝鮮の弾道ミサイル発射は、2026年10月12日の発射で今年11回目となり、発射数は少なくとも18発に達しました。防衛省の説明によるものです。回数そのものは2022年の59発には及びません。しかし性質が変わっています。北朝鮮はロシアへの派兵と武器輸出で外貨と技術を得ており、その見返りには弾道ミサイルの性能データのフィードバックが含まれていると国際的な監視チームが認定しました。命中精度に直結する支援です。金正恩は2026年6月、ミサイルの生産能力を5か年計画の期間内に2.5倍へ拡大すると指示しました。

日本にとっての問題は、脅威が増している速度に対して備えがどこまで進んでいるかです。この記事で扱うのは、次の5点です。

  • 北朝鮮の経済はどれだけ伸びているのか。その原資はどこから来ているのか
  • ロシアが見返りに渡している技術が、北朝鮮の兵器をどう変えたのか
  • 国連の制裁監視が消えたあと、何が起きているのか
  • ロシアと中国の軍事連携が、日本周辺でどこまで可視化しているのか
  • 日本の備えは今どこにあるのか。避難施設、サイバー防御、自衛官の充足率の実数

前提が一つあります。北朝鮮は自国の経済統計を公表していないため、経済に関する数値はすべて外部機関の推計です。本文では数値ごとに「誰がいつ出した推計か」を記しています。同じ項目で推計額が10倍以上違うものもあり、その違い自体が重要な情報になります。

Contents
  1. 何が起きているか 北朝鮮の軍備増強はロシアマネーで加速している
  2. 日本の安全保障にとって何が変わったのか
  3. 日本の備えは今どこにあるのか
  4. 今後3年でこう動く
  5. 本当に優先すべきこと
  6. よくある質問
  7. まとめ

何が起きているか 北朝鮮の軍備増強はロシアマネーで加速している

2026年の発射は11回・18発、ただし論点は回数ではない

防衛省の説明によれば、2026年10月12日の発射は今年11回目で、発射数は少なくとも18発になりました。同日は午前9時19分ごろと9時36分ごろに少なくとも2発が発射され、いずれも日本の排他的経済水域の外に落下しています。2発目は変則軌道だった可能性があり、日米韓で分析が進められています。

年ごとの合計は政府が毎年公表しているわけではありませんが、確認できる数値を並べると傾向が見えます。2022年は少なくとも59発・31回で、防衛省は「かつてない高い頻度」と記しました。2024年は少なくとも22発です(令和7年版消防白書)。

ここで注意したいのは、回数の減少が脅威の減少を意味しない点です。38 Northの整理によれば、2025年第4四半期に固体燃料のICBM「火星20」が公開され、極超音速滑空体を搭載したKN-23の改良型も示されました。固体燃料は発射前の燃料注入が不要で、探知から発射までの時間が短くなります。極超音速滑空体は軌道が変則的で、既存のミサイル防衛では迎撃が難しくなります。試験の数より、試験の中身が変わっています。

経済は3年連続で3%成長 原資は派兵と武器輸出

北朝鮮の経済は、制裁下の国としては異例の伸びを示しています。韓国銀行が2026年7月31日に公表した推計によれば、実質GDP成長率は2023年に3.1%、2024年に3.7%、2025年に3.5%でした。鉱工業が4.9%、建設が6.3%の成長で、軍需と建設が押し上げている構図です。ただし名目GNIは約338億ドルで韓国の1.8%、1人あたりでは韓国の3.6%にすぎません。国家として得る外貨が増えても、生活水準には反映されていません。

伸びの原資はロシアへの派兵と武器の供与です。英国下院図書館の資料によると、派兵は2024年後半に1万1000人超から始まり、2025年末時点の累計は韓国国防当局の推計で約1万5000人に達しました。韓国の国家情報院は2026年2月、クルスク州に約1万1000人が駐留していると説明しています。人的損失も大きく、同院の推計は2025年1月の死者300人・負傷2700人から、2026年2月には死傷約6000人へ増えました。

武器の供与量は、多国間制裁監視チーム(MSMT)が2025年5月に公表した第1次報告書が示しています。2024年中に49回の輸送で砲弾・多連装ロケット弾およそ900万発が移送され、2023年9月以降のコンテナは2万個を超えました。900万発は1日あたり約2万5000発に相当する規模です。弾道ミサイルは2024年だけで最低100発が供与され、2024年製造の刻印が確認されています。古い在庫の処分ではなく、新しく作ったものを送っていることになります。

ロシアが渡しているのは現金ではなく技術である

北朝鮮が得た対価の総額は、推計機関によって10倍以上の差があります。この差は精度の問題ではなく、何を数えているかの違いです。

推計主体 推計額 何を数えているか
韓国・国家安保戦略研究院(2026年3月) 約76億7000万〜144億ドル(約1兆2200億〜2兆2900億円) 派兵と武器輸出で北朝鮮が「稼いだ」総収益。ただし実際に受け取ったと確認できるのは推計の4〜19.6%にとどまる可能性があると留保
フリードリヒ・ナウマン財団(2025年9月) 4億5700万〜11億9000万ドル ロシアが見返りに「実際に渡した」物資の総額。引き渡された兵器の価値は56億〜98億ドルとしており、取引は著しく非対称と評価

一方は請求額、もう一方は入金額に近い概念だと考えると理解しやすくなります。日本にとって重要なのは金額ではなく、渡されたものの中身です。MSMT第1次報告書が認定した内容によれば、ロシアから北朝鮮へは短距離防空システム、Pantsir級の自走防空システム少なくとも1基、電子戦システムと妨害装置、そして弾道ミサイルの性能データのフィードバックが渡っています。石油も動いており、2024年3月から10月までの引渡しは年間上限50万バレルの2倍を超えていました。

北朝鮮はこれを生産能力の拡大に向けています。朝鮮中央通信の報道によると、金正恩は2026年6月7日、弾道ミサイルと巡航ミサイルの生産能力を5か年計画の期間内に2.5倍へ拡大することが中核的課題だと指示しました。2026年2月の第9回朝鮮労働党大会では核搭載可能なロケット発射機50基が公開され、核戦力と通常戦力の「同時並進」が承認されています。保有量は防衛省が核弾頭約50発、弾道ミサイル700〜1000発と推定しています。

日本の安全保障にとって何が変わったのか

変化1 狙われたときに当たる確率が上がった

最も直接的な変化は命中精度です。防衛省の令和8年版防衛白書は、支援の見返りとしてロシアの核・ミサイル関連技術が北朝鮮に移転され、兵器開発が大幅に進展する可能性を指摘しました。すでに移転が指摘されているものとして、核関連技術、ミサイル関連技術、通常戦力の近代化に寄与する装備品を挙げています。

MSMTが認定した「弾道ミサイルの性能データのフィードバック」は、この文脈で読む必要があります。北朝鮮の自国内の試験では限られた回数のデータしか得られませんが、ロシアがウクライナで実戦使用すれば、どこに着弾したかという大量の実測データが蓄積されます。それが設計側に戻れば、同じ射程で命中精度が上がります。北朝鮮が送っているのは兵器で、受け取っているのは兵器を正確にする情報です。

変化2 国連の制裁監視が消え、日本は後継枠組みの当事国になった

2024年3月28日、国連安全保障理事会で北朝鮮制裁の専門家パネルの任期延長決議案にロシアが拒否権を行使し、パネルは同年4月30日に失効しました。2009年から15年続いた監視体制が消えたことになります。代替として2024年10月に発足したのが多国間制裁監視チーム(MSMT)です。MSMTとは国連安保理の外側に設けられた有志国による制裁監視の枠組みのことで、日本、米国、英国、韓国など11か国が参加しています。国際ルールの執行主体が国連から有志国連合へ移り、日本政府が監視の当事国になったという変化です。

軍事面では、2024年6月に署名され同年12月に発効した露朝の「包括的戦略パートナーシップ条約」の第4条が、一方が武力侵攻を受けた場合に他方が全ての手段により軍事的援助を提供すると定めています。日本周辺で有事が起きた場合に、北朝鮮とロシアが別々の問題ではなくなる可能性を示す条文です。

変化3 ロシアと中国の連携が日本周辺で可視化した

令和8年版防衛白書は国際情勢を「戦後最大の試練の時を迎え、新たな危機の時代に突入している」と位置づけ、中国とロシアが軍事面での連携を一層強化していると明記しました。この連携は具体的な活動として現れています。統合幕僚監部の発表によれば、2026年6月27日の中露の共同戦略空中パトロールは2019年以降11回目で、中国のH-6爆撃機やロシアのTu-95爆撃機が東シナ海から四国沖の太平洋にかけて約6時間にわたり共同飛行しました。四国沖までの飛行は2025年12月にはじめて確認されたものです。

海上では2026年7月19日、中国海軍3隻とロシア海軍1隻が沖ノ鳥島の南西約180キロの日本の排他的経済水域内で実弾射撃訓練を行い、防衛省が中国軍によるEEZ内での実弾射撃を公式に確認・公表したのはこれがはじめてでした。中国海警船が接続水域内で確認された日数は2012年の91日から2025年に357日へ増えています。北朝鮮のミサイルだけを見ていると、この同時進行を見落とします。

変化4 外貨獲得の主戦場がサイバーに移り、日本が標的になった

日本国内で実際に被害が出ているのは、ミサイルではなくサイバー攻撃です。警察庁・内閣サイバーセキュリティセンター・金融庁は2024年12月24日、北朝鮮を背景とするサイバー攻撃グループ「TraderTraitor」による攻撃で、株式会社DMM Bitcoinから約482億円相当の暗号資産が流出したと公表しました。手口は人を狙うもので、SNSで企業幹部を装って技術者に接近し、別のメッセージアプリへ誘導したうえで、不具合の修正と称するプログラムを実行させてマルウェアに感染させ、認証情報を窃取しています。

規模感も示されています。警察庁が引用する国連専門家パネルの報告は、北朝鮮の外貨収入の約半数がサイバー攻撃によるものとし、MSMT第2次報告書(2025年10月22日公表)は21か月間の暗号資産の窃取額を28億4000万ドル、日本円で4000億円を超える規模としました。ミサイル開発の資金が、日本の事業者から流出した資産で賄われている構図です。

ただし脅威は一方向には進んでいない

データが一方向に見えるときほど、反対の事実を置く必要があります。第一に発射の回数は減りました。38 Northの独自集計では2024年41回に対し2025年は約15回で、ICBMとSLBMの発射はゼロでした。第二に核実験は2017年9月3日の第6回以降、新たに実施されていません。第三に令和8年版防衛白書は2024年から2026年にEEZ内へ落下した事案を記載していません。

ロシアからの支援についても、フリードリヒ・ナウマン財団は取引が著しく非対称で北朝鮮経済への可視的な影響はないと分析しています。脅威を過大に見積もることは、備えの優先順位を誤らせます。

日本の備えは今どこにあるのか

避難施設は61,142箇所あるが、地下は人口の5.5%分しかない

弾道ミサイルへの備えとして最初に数字で確認できるのが避難施設です。内閣官房・消防庁・内閣府の公表によると、国民保護法に基づく緊急一時避難施設は令和7年4月1日時点で61,142箇所あり、人口カバー率は155.2%です。令和3年4月1日の51,994箇所から17.6%増えました。

ただし内訳を見ると様相が変わります。爆風や破片から身を守れる地下施設は4,233箇所で、地下施設の人口カバー率は5.5%にとどまります。地下道1,969箇所、地下駐車場等1,056箇所、地下駅舎762駅という構成です。地下施設が最も多いのは東京都の821箇所で、熊本県と浜松市は0箇所です。弾道ミサイルは着弾までの時間が短く、地上の体育館や公民館では効果が限られます。

政府は2026年3月31日、「緊急事態を想定した避難施設(シェルター)の確保に関する基本方針」を閣議決定し、令和8年度から令和12年度を第2次集中取組期間としました。これまでの目標が都道府県・指定都市単位での人口カバー率100%だったのに対し、新しい目標は市区町村(指定都市は行政区)単位で人口カバー率100%、あわせて昼間人口カバー率100%です。評価の単位が細かくなるため、県全体の数字に隠れていた低カバー率の市区町村が可視化されます。

国民保護計画は全自治体が作成済み、しかし訓練は年33件

計画の整備は完了しています。令和7年版消防白書によると、都道府県・市町村の国民保護計画は令和5年7月までに全団体で作成が完了し、住民の誘導手順を定める避難実施要領についても全市町村が1つ以上のパターンを作成済みです。

一方で実行の訓練は限られます。内閣官房の国民保護ポータルサイトに掲載された令和7年度の弾道ミサイルを想定した住民避難訓練は33件です。全国に1,700超の市町村があることを踏まえると、実施した自治体は2%程度にとどまります。避難実施要領の複数パターンを作成している市町村も77.0%で、残りは1パターンのみです。計画はあるが動かしたことがない、という状態が多数を占めます。

Jアラート(全国瞬時警報システム)については、受信機と自動起動装置が全ての市町村で整備済みです。令和7年11月12日の全国一斉情報伝達試験には1,684市町村が参加し、支障のあった団体は5団体でした。ただし運用面の点検は残ります。奈良市では令和7年11月5日、受信機の動作ルールの設定ミスにより、訓練放送のはずが市内全域の防災スピーカーから警報音と「大地震です」という放送が3回繰り返される誤作動が起きました。

自衛官の充足率は88.1%、採用計画の達成率は72%

人の数でも制約が出ています。防衛省の公表によると、2026年3月31日現在の自衛官の充足率は全体で88.1%です。定員247,154人に対し現員217,701人で、陸上自衛隊は86.5%です。令和7年度の採用計画数15,430人に対し採用者数は11,177人で、計画達成率は72%、一般曹候補生は57%でした。有事に動員される予備自衛官の充足率は67.4%、即応予備自衛官は47.7%です。

装備側の予算配分は明確です。令和8年度の防衛関係予算9兆353億円のうち、スタンド・オフ防衛能力に約9,733億円、統合防空ミサイル防衛能力に約5,091億円、各種弾薬に9,075億円、火薬庫整備に672億円が充てられました。迎撃と反撃、そして撃ち続けるための弾薬という順で手当てが進む一方、人的基盤関連の5,814億円のうち5,713億円が生活・勤務環境の改善に向けられています。人の側は装備を買うだけでは埋まらない問題として扱われています。

武力攻撃事態の被害想定は公表されていない

ここに一つの空白があります。弾道ミサイルが日本に着弾した場合の死傷者数や被害規模について、政府の被害想定は公表されていません。内閣官房の国民保護ポータルサイトは「短時間での着弾が予想される」「発射段階で攻撃目標を特定することは極めて困難」と定性的に記述するにとどまります。

南海トラフ地震のような自然災害では、政府が死者数と経済被害額の想定を公表し、それを前提に自治体が計画を作ってきました。武力攻撃事態ではその前提が存在せず、必要な避難施設の規模も備蓄量も算定できません。2026年3月の閣議決定は避難期間を「数時間から1日程度、長くとも数日程度」と示しましたが、被害の規模には触れていません。この非対称は、自治体が計画を具体化しようとしたときに必ず突き当たる制約です。

今後3年でこう動く

以下は予言ではなく、公表データと制度の動きから合理的に導ける範囲の見立てです。前提が変われば結論も変わります。

予測1 発射の論点は「回数」から「精度と軌道」に移る

2025年の発射が約15回へ減った一方、固体燃料ICBMと極超音速滑空体を搭載した改良型が公開されました。2026年10月12日の発射でも変則軌道の可能性が分析されています。生産能力2.5倍の方針は5か年計画の枠組みで進むため、量の確保も続きます。報道が回数を数える段階から、迎撃可能性を論じる段階へ移ると考えられます。先行指標は、防衛省の発表資料に「変則軌道」「極超音速」の記述が含まれる頻度です。

予測2 核実験の再開が最大の分岐点になる

北朝鮮の核実験は2017年9月3日以降実施されていません。ただし令和8年版防衛白書は、2022年3月以降に北部核実験場の復旧が報じられており、さらなる実験の準備が整っている可能性を指摘しています。実験が行われれば、日本の防衛政策と世論は現在の延長線上では動かなくなります。先行指標は、北部核実験場に関する衛星画像分析の公表頻度です。

予測3 日本の備えの重心は「迎撃」から「継戦」と人員へ移る

令和8年度予算では各種弾薬に9,075億円、火薬庫整備に672億円が計上されました。迎撃ミサイルを持っていても、撃ち続ける弾がなければ防衛は成立しないという認識が予算に反映されています。一方で自衛官の充足率は88.1%、即応予備自衛官は47.7%です。装備と弾薬が整うにつれ、議論の焦点は人員と施設に移ると考えられます。先行指標は、自衛官の採用計画達成率が72%から改善するかどうかです。

本当に優先すべきこと

自治体が優先すべき論点

第一に、自団体の人口カバー率を市区町村単位で確認することです。全国の155.2%は都道府県単位の集計であり、第2次集中取組期間では市区町村単位と昼間人口での100%が目標になりました。これを最初に置く理由は、県全体の達成で安心していた自治体が単位の変更で未達に転じる可能性があるからです。

第二に、地下施設の指定を既存の施設整備計画に組み込むことです。地下施設の人口カバー率は全国で5.5%しかありません。新規に地下シェルターを単独予算で建てるのは現実的ではなく、閣議決定も平時は会議室や駐車場、緊急時はシェルターというデュアルユースを方針として示しました。先島諸島の5市町村では、複合庁舎、防災公園、体育館の整備計画に地階を組み込む形で計約1,400名収容の特定臨時避難施設が進んでおり、地下部分への国庫補助率は10分の9です。庁舎や体育館の建替計画がある自治体は、設計段階で検討しなければ機会を失います。

第三に、避難実施要領の複数パターン作成と訓練の実施です。複数パターンを持つ市町村は77.0%、弾道ミサイルを想定した住民避難訓練の実施は令和7年度で33件にとどまります。計画を一度も動かしたことがない組織は、実際の場面で計画どおりに動けません。

第四に、改正地方自治法で義務化されたサイバーセキュリティ確保の方針を、形式ではなく実効性の項目から作ることです。総務省のワーキンググループ報告書(令和7年10月末時点)によると、CISOの設置は95.8%、情報セキュリティ基本方針の策定は98.9%で形はほぼ整っている一方、過去3年以内の脆弱性診断は20.2%、外部監査は19.7%、インシデント対応訓練は44.3%です。課題の第1位はセキュリティ人材の不足で71.2%、第2位は人事異動による引継ぎの困難で65.0%でした。人に依存しない仕組みへの振り替えが論点になります。

企業が優先すべきこと

第一に、既存の事業継続計画に「国民保護事案」を発動条件として追記することです。帝国データバンクの2026年調査(有効回答10,521社)によれば、BCPの策定率は全体で21.4%、中小企業で18.3%、大企業で39.9%です。想定しているリスクは自然災害67.8%、情報セキュリティ上のリスク50.2%、物流の混乱36.5%で、「戦争・テロ・武力攻撃」という項目は集計対象にすらなっていません。東京商工会議所の2023年調査でも、BCP策定企業のうちサイバー攻撃やテロを含むオールハザード型を想定しているのは12.8%でした。

ただし武力攻撃事態で実際に起きるのは、通信の断絶、物流の停止、サプライチェーンの途絶、従業員の安否確認という事象で、自然災害のBCPとほぼ重なります。ゼロから作る必要はなく、発動条件に国民保護事案を加え、Jアラート受信時の初動として屋内退避、安否確認、事業停止の判断基準を1ページ追記するのが最小コストの打ち手です。

第二に、人を入口にした攻撃への対策を技術対策と分けて考えることです。DMM Bitcoinの482億円の流出は、SNSで技術者に接近する手口から始まりました。情報処理推進機構(IPA)の2024年度調査では、ウイルス対策ソフトの導入率は80.0%に達する一方、専門部署がある企業は9.3%で、約7割は組織的な体制が未整備です。

第三に、サイバー対策の投資を「守りの費用」ではなく「受注の要件」として扱うことです。IPAの調査では中小企業の62.6%が過去3期にセキュリティ投資をしておらず、未投資の理由の第1位は「必要性を感じていない」44.3%で、コストの21.7%を上回ります。一方で対策が取引につながったと回答した企業は42.1%あります。警察庁の統計では、ランサムウェア被害の報告226件(令和7年)のうち約6割が中小企業で、復旧費用が1,000万円以上に達した組織は5割を超えました。

やってはいけないこと

第一に、Jアラートが鳴らないことを安全の証拠と受け取ることです。直近の発出は2024年5月27日で、沖縄県を対象としたものでした。2026年の発射はいずれもEEZ外への落下で、発出要件に該当していません。発出がないのは脅威がないからではなく、落下地点が要件に当たらないからです。

第二に、国民保護計画が作成済みであることを対応能力の証明として扱うことです。計画の作成率は100%ですが、訓練の実施は令和7年度で33件です。作成と実行は別の指標です。

第三に、武力攻撃への備えを自然災害の備えと別物として設計することです。別立てにすると予算も人も確保できず、計画が机上に残ります。

よくある質問

Q. 北朝鮮の弾道ミサイル発射は増えているのですか。

A. 回数は2022年がピークです。防衛省は2022年に少なくとも59発・31回で「かつてない高い頻度」と記しました。2024年は少なくとも22発(令和7年版消防白書)、2026年は10月12日時点で11回・少なくとも18発です。ただし38 Northの集計では2025年の発射は約15回へ減る一方、固体燃料ICBM「火星20」や極超音速滑空体を搭載した改良型が公開されており、回数より中身が変わっています。

Q. 北朝鮮の経済はなぜ成長しているのですか。

A. ロシアへの派兵と武器輸出が原資です。韓国銀行の推計で実質GDP成長率は2023年に3.1%、2024年に3.7%、2025年に3.5%でした。多国間制裁監視チーム(MSMT)の第1次報告書によれば、2024年中に砲弾・多連装ロケット弾およそ900万発、弾道ミサイル最低100発がロシアへ移送されています。ただし1人あたりGNIは韓国の3.6%で、生活水準には反映されていません。

Q. ロシアは北朝鮮に何を渡しているのですか。

A. 現金ではなく技術と物資が中心です。MSMT第1次報告書は、短距離防空システム、Pantsir級の自走防空システム少なくとも1基、電子戦システムと妨害装置、そして弾道ミサイルの性能データのフィードバックを認定しました。性能データは命中精度の改善に直結します。石油については、2024年3月から10月までの引渡しが年間上限50万バレルの2倍を超える100万バレル以上だったとしています。

Q. 北朝鮮のミサイルは日本に落ちたことがありますか。

A. 排他的経済水域(EEZ)内への落下は複数あります。2022年11月18日にはICBM級が北海道渡島大島の西約200キロのEEZ内に落下し、2023年12月18日にもEEZ内への落下が確認されました。ただし令和8年版防衛白書は2024年から2026年にEEZ内へ落下した事案を記載しておらず、この間はICBM級の発射自体が止まっています。

Q. 日本の避難施設(シェルター)はどれくらい整備されていますか。

A. 緊急一時避難施設は令和7年4月1日時点で61,142箇所、人口カバー率は155.2%です。ただし爆風や破片から身を守れる地下施設は4,233箇所で、地下施設の人口カバー率は5.5%にとどまります。政府は2026年3月31日の閣議決定で、令和8年度から令和12年度を第2次集中取組期間とし、市区町村単位での人口カバー率100%と昼間人口カバー率100%を目標に掲げました。

Q. 北朝鮮のサイバー攻撃で日本に被害は出ていますか。

A. 出ています。警察庁・内閣サイバーセキュリティセンター・金融庁は2024年12月24日、北朝鮮を背景とする攻撃グループ「TraderTraitor」によって株式会社DMM Bitcoinから約482億円相当の暗号資産が流出したと公表しました。SNSで技術者に接近する手口でした。国連専門家パネルは、北朝鮮の外貨収入の約半数がサイバー攻撃によるものとしています。

Q. 自治体と企業はまず何をすべきですか。

A. 自治体は人口カバー率を市区町村単位で確認することです。第2次集中取組期間で評価単位が変わり、県全体では達成していた自治体が未達に転じる可能性があります。企業は既存のBCPに「国民保護事案」を発動条件として追記することです。BCPの策定率は中小企業で18.3%、想定リスクに武力攻撃は含まれていませんが、実際に起きる事象は自然災害とほぼ重なります。

まとめ

北朝鮮の実質GDPは韓国銀行の推計で3年連続3%超の成長となり、2025年は3.5%でした。原資はロシアへの派兵と武器輸出で、2024年中に砲弾約900万発、弾道ミサイル最低100発が供与されています。見返りは現金ではなく、防空システム、電子戦装備、そして弾道ミサイルの性能データのフィードバックでした。北朝鮮が送っているのは兵器で、受け取っているのは兵器を正確にする情報です。金正恩は2026年6月、ミサイルの生産能力を2.5倍へ拡大する方針を示しました。

これに対する日本の備えは、形は整い実効性に空白があります。国民保護計画は全自治体が作成済みですが、弾道ミサイルを想定した訓練は令和7年度で33件です。避難施設は61,142箇所ありますが、地下は人口の5.5%分です。自衛官の充足率は88.1%、採用計画の達成率は72%です。企業のBCP策定率は中小企業で18.3%で、想定リスクに武力攻撃という項目はありません。そして武力攻撃事態の被害想定そのものが公表されていません。

脅威の側は数字で把握できるようになりました。備えの側も数字で把握できます。問題は、その二つの数字が同じ速度で動いていないことです。自然災害には被害想定があり、それを前提に計画が作られてきました。武力攻撃にはその前提がないまま、計画の作成だけが100%に達しています。埋めるべき空白は装備ではなく、想定と訓練の側にあります。