日本では、上場しても会社の成長に必要な資金はほとんど集まりません。東京証券取引所の分析によれば、2018〜2022年にマザーズ・グロース市場に上場した357社のIPO時の資金調達額は、中央値で6億円でした。上場後に公募で追加の資金を集めた会社も、2003年以降に上場した837社のうち約14%にとどまります。株を売りたい株主が売れる流動性も乏しく、監査や開示のコストだけが毎年かかり続けます。上場時の時価総額を下回ったまま成長が止まる、いわゆる「上場ゴール」の会社が半数前後にのぼるのが実情です。
これと対照的なのが、2026年6月にナスダックへ上場したSpaceXです。同社は2002年の創業から約24年間、非上場のまま、年2回ほどのテンダーオファー(株式の買い取り機会)で社員や株主に換金の機会を提供してきました。2024年12月には企業価値約3500億ドルで総額12.5億ドルの買い取り枠を設け、会社自身も最大5億ドルの自社株買いを行っています。流動性は上場前に設計し、上場は十分に大きくなってからの資金調達に使ったということです。
では、上場しても資金も流動性も得にくい日本で、スタートアップや中小企業は株式の価値をどう現金化し、どう資金を集めればよいのでしょうか。この記事では、日本の上場の現実を数字で確認したうえで、SpaceXの事例を詳しく見ていきます。そのうえで、バイバック(自社株買い)、セカンダリー取引、配当規制という3つの論点から、上場以外の出口の設計方法を整理します。
日本の上場の現実 資金も流動性も得にくい
上場しても資金はほとんど集まらない
日本のIPOは、会社が成長資金を集める場として十分に機能していません。東証は2023年12月に「グロース市場の機能発揮に向けた今後の対応について」を公表しています。同資料によれば、2018〜2022年に上場した357社の上場時の資金調達額は中央値で6億円、上場時の時価総額の中央値は72億円でした。時価総額100億円未満かつ資金調達額10億円未満のIPOが、全体の56%を占めています。
調達の中身にも問題があります。同資料によれば、2018年以降のIPOでは、既存株主が持ち株を売る「売出し」の額が、会社に入る資金調達額を上回るケースが約6割にのぼります。上場が会社の成長資金のためではなく、既存株主の換金のために使われている構図です。大和総研の解説によれば、2025年4月の東証のフォローアップ会議でも、売出しだけのIPOでは成長に疑問を持たざるを得ないという意見が出ています。
上場後の追加の資金調達もほとんど行われていない
上場の本来の利点は、上場後も市場から資金を集め続けられることにあります。しかし東証の2023年の資料によれば、2003年以降にマザーズ・グロース市場に上場した837社のうち、上場後に公募による資金調達を行った会社は約14%にとどまります。上場から10年以上たった会社に限っても、約27%です。
大和総研が2025年5月に公表した解説では、小規模で上場すると流動性や時価総額が限られ、資金調達が行いにくいことが論点として整理されています。東証の上場会社アンケートでも、機関投資家との接点が不足しているとの回答が38%ありました。上場時に調達できる金額が小さく、上場後の追加調達も難しいという二重の問題を抱えていることになります。
グロース市場は「上場しても株が売れにくい」市場になっている
上場後の流動性も十分ではありません。日本取引所グループ(JPX)の資料によれば、2025年12月末時点でグロース市場の上場会社は601社、時価総額の中央値は63億円です。経済産業省も2026年6月の「ベンチャーキャピタルに関する有識者会議」に資料を提出しています。そこでは、成長余地が限られた企業の上場が多く、規模や流動性の低さから機関投資家の投資対象になりにくいことが課題に挙げられました。
株主の構成も偏っています。東証の2023年の資料によれば、2020〜2022年の平均で、IPO株式の84%が個人投資家に配分され、機関投資家等への配分は16%でした。売買の担い手が個人に偏ると、まとまった株数を売りたい創業者やベンチャーキャピタルは、株価を下げずに売ることが難しくなります。
ここに上場維持基準の見直しが重なります。JPXによれば、グロース市場の時価総額基準は現在の「40億円以上(上場10年経過後から適用)」から、2030年3月1日以降は「100億円以上(上場5年経過後から適用)」に引き上げられます。中央値63億円の市場で100億円が求められるのですから、小さく上場して上場後に育つという道は、制度上も狭くなっています。
上場コストだけが残る「上場ゴール」
上場を維持するには、毎年のコストがかかります。マネーフォワードの解説記事によれば、年間上場料、開示書類の作成、株式事務の委託、監査などを合わせた上場維持コストは、年間約1700万〜5000万円が目安とされています。これに内部統制の運用やIR(投資家向け広報)の担当者の人件費が加わります。
そのコストに見合う成長を実現できている会社は多くありません。東証の2023年の資料では、上場月末の時価総額を100とした指数の中央値は、上場1年後に88、3年後に90、5年後に107でした。半数前後の会社が、上場時の時価総額を下回っています。上場そのものが目的化し、上場後に成長が止まる状態は「上場ゴール」と呼ばれ、日本の新興市場の課題として長く指摘されてきました。
成長する会社とそうでない会社は、早い段階で分かれています。経済産業省資料が引用する東証の分析では、2004年7月から2024年末までにグロース市場に上場した企業のうち、上場時から時価総額が10倍以上になった会社は全体の5%でした。大和総研の解説によれば、上場後に時価総額100億円以上に成長した会社の93%は上場5年以内、76%は上場1年以内に到達しています。
スタートアップのIPOは10年で最少になった
こうした現実を反映して、IPOの件数は縮小しています。Speeda(ユーザベース)の「Japan Startup Finance 2025」によれば、2025年のスタートアップのIPOは31社と過去10年で最低でした。同レポートでは、国内スタートアップの資金調達額も7613億円と前年からほぼ横ばいだった一方、スタートアップが買収される形のM&Aは167件と高水準が続いています。出口の重心は、すでにIPOからM&Aへ動き始めています。
対照的なSpaceX 上場前から流動性を設計していた
年2回のテンダーオファーで、社員に換金の機会を提供した
SpaceXの事例が示しているのは、非上場のままでも株主に換金の機会を提供できるという事実です。TechCrunchの2024年3月の報道によれば、SpaceXは通常年2回ほど、社員が保有株を売却できるテンダーオファーを実施してきました。テンダーオファーとは、会社や投資家が、あらかじめ決めた価格で株主から株式を買い取る機会を設けることです。
非上場株式は会社の許可なく売却できないため、社員が株を現金化できるのは、会社がこの機会を設けたときに限られます。同報道によれば、社員に付与される株式は議決権のないクラスC株式で、会社に対して不誠実な行為をしたと判断された社員は、テンダーオファーへの参加を認められないこともあります。換金の機会を定期的に提供しながら、誰がいつ売れるかを会社がコントロールする仕組みです。
企業価値は非上場のまま約3.8倍になった
テンダーオファーの価格を追うと、非上場のまま企業価値が大きく上がっていったことがわかります。主な取引は次のとおりです。
| 時期 | 1株あたりの価格 | 企業価値 | 出典 |
|---|---|---|---|
| 2024年6月 | 112ドル | 約2100億ドル | Bloomberg |
| 2024年12月 | 185ドル | 約3500億ドル | CNBC |
| 2025年12月 | 421ドル | 約8000億ドル | Reuters(Bloombergの報道を引用) |
2024年6月から2025年12月までの1年半で、企業価値は約2100億ドルから約8000億ドルへ、約3.8倍になりました。社員や初期の投資家は、上場を待たずに、この値上がり益の一部を現金で受け取ることができたことになります。上場までの期間が長くても人材をつなぎとめられた背景には、この定期的な換金機会があったと考えられます。
自社株買いとセカンダリー取引を組み合わせた
CNBCの2024年12月の報道によれば、この回のテンダーオファーでは、社員などから総額12.5億ドル分の株式を買い取る枠が設けられ、外部投資家とSpaceX自身が買い手になりました。このうちSpaceXは最大5億ドルの自社株買いを行っています。外部投資家によるセカンダリー取引と、会社によるバイバックを組み合わせた形です。
同報道によれば、イーロン・マスク氏は、新しい投資家を迎え入れるために、会社が社員から買い戻す株式の量を減らしたと説明しています。会社の手元資金を使う自社株買いと、外部の資金を呼び込むセカンダリー取引の配分を、会社が状況に応じて調整していたことがわかります。なお、テンダーオファーは既存株式の売買であり、会社に新たな資金が入るわけではありません。資金調達と流動性の提供は、別の取引として行われていたことになります。
上場は最後に、成長資金を集める手段として使った
そのうえでSpaceXは、2026年4月に非公開でIPOを申請し、6月11日に公開価格135ドルを決定しました。CBS Newsによれば、調達額は750億ドルと史上最大のIPOとなり、6月12日の取引初日は160.95ドルと公開価格を19%上回って取引を終えています。
日本の多くのIPOでは、上場が既存株主の換金の場になり、会社に入る資金は小さくなりがちです。SpaceXは逆に、換金の機会は上場前のテンダーオファーで提供し、上場は十分に大きくなった後の資金調達の手段として使いました。上場の役割を「換金」から切り離したことが、日本の上場との最大の違いです。
日本企業への示唆 「資金調達」と「流動性」を分けて考える
日本の上場の現実とSpaceXの事例から読み取れるのは、上場が担ってきた2つの機能、すなわち資金調達と流動性(株を売りたい人が売れること)を、別々に手当てできるという点です。バイバックとは、会社が自社の株式を株主から買い取ることです。セカンダリー取引とは、すでに発行された株式を株主同士、あるいは株主と外部投資家の間で売買することを指します。
日本でも上場企業の自社株買いは定着し、ニッセイ基礎研究所の集計ではTOPIX構成銘柄の設定額が2024年度に18.7兆円と過去最高でした。ただし赤字のスタートアップや利益の蓄積が小さい中小企業は、後述する会社法の配当規制により、同じ手段をそのまま使えません。
世界では後者の市場が急拡大しています。米投資銀行Jefferiesによれば、ファンド持分の売買などを含むプライベート市場のセカンダリー取引は2025年に2400億ドルと、前年から48%増えました。日本企業にとっての問いは、「いつ上場するか」から「誰に、いつ、どの手段で換金機会を提供するか」へと移りつつあります。
日本の前提条件 SpaceX型をそのまま真似できない4つの理由
前提1 会社法の財源規制:赤字企業は自社株買いができない
日本でバイバックを考えるとき、最初に確認すべきは会社法の財源規制です。配当規制とは、株主への配当や自社株買いによって会社財産が流出し、債権者が害されることを防ぐためのルールです。会社法461条は、剰余金の配当と有償での自己株式取得をまとめて「剰余金の配当等」とし、分配可能額の範囲内でしか行えないと定めています。
分配可能額とは、おおまかには「その他資本剰余金」と「その他利益剰余金」の合計から、保有する自己株式の帳簿価額などを差し引いた金額です。赤字が続いて繰越利益剰余金が大きくマイナスになっているスタートアップでは、分配可能額はゼロ以下になることが多く、その場合は1株も自社株買いができません。SpaceXのように「会社が社員の株を買い取る」という発想は、日本の赤字スタートアップでは原則として使えないということです。
規制に違反した場合の責任も重くなります。会社法462条により、分配可能額を超えて自社株買いをした場合、その職務を行った取締役などは、交付した金銭の額を会社に支払う義務を負います。また会社法458条により、純資産額が300万円を下回る場合は剰余金の配当ができません。資本金と資本準備金を減らしてその他資本剰余金に振り替える方法もありますが、株主総会決議と債権者保護手続が必要で、累積損失の穴埋めに使われれば分配可能額は増えません。
前提2 税制:会社への売却と第三者への売却で税率が大きく違う
次に効いてくるのが税制です。国税庁の説明によれば、個人株主が非上場株式を発行会社に売却すると、売却代金のうち資本金等の額を超える部分は「みなし配当」として配当所得に区分され、総合課税の対象になります。所得が高い株主の場合、住民税を含めた最高税率は約55%です。
これに対して、同じ株式を第三者に売却すれば、譲渡所得として20.315%の分離課税になります。創業者や古参社員のように取得価額が低い株主にとって、会社に買い取ってもらう(バイバック)よりも、外部投資家に売る(セカンダリー)ほうが手取りは大きくなる場合が多いということです。なお、相続税がかかった非上場株式を、相続税の申告期限の翌日から3年以内に発行会社に譲渡する場合には、みなし配当課税をしない特例があります。どちらの手段が有利かは、株主の属性によって変わります。
前提3 買い手の層が薄い:非上場株を買う投資家が少ない
セカンダリー取引を成立させるには、非上場株式を買う投資家が必要です。日本ではこの層がまだ薄いのが実情です。経済産業省資料によれば、未上場スタートアップの平均資金調達額は約3億円です。
制度面の整備は進んでいます。2024年5月に成立した改正金融商品取引法(令和6年法律第32号)は、非上場株式の売買をプロ投資家向けに仲介する業者の負担を軽くしました。こうした業者には、自己資本規制比率などの適用を除外する特例が設けられています。証券会社が特定投資家向けに非上場株式を販売する「特定投資家向け銘柄制度(J-Ships)」も動き始めました。SMBC日興証券は2026年4月、同制度を使ってWOTAの資金調達を取り扱ったと発表しています。
金融庁と日本証券業協会が共催した懇談会も、2025年9月の報告書で非上場株式のセカンダリー取引の活性化を提言の柱に掲げました。ただし、これらは主にプロ投資家向けの仕組みであり、一般の個人が気軽に非上場株を売買できる市場ではありません。
前提4 上場企業でも自社株買いが流動性を削る
すでにグロース市場に上場している小型企業にも、固有の落とし穴があります。JPXによれば、グロース市場の上場維持基準には、流通株式比率25%以上、流通株式時価総額5億円以上、月平均売買高10単位以上といった項目があります。
自社株買いは株価対策として有効ですが、市場から株を買い取れば流通株式は減ります。売買が細い小型株で大規模な自社株買いを行えば、流通株式比率などの基準に抵触し、流動性の問題をかえって悪化させるおそれがあります。
見落とされている落とし穴:価格と契約
セカンダリー取引では、価格の決め方が問題になります。ベンチャーキャピタルが保有するのは残余財産の優先分配権などがついた優先株式であることが多く、社員や創業者が持つ普通株式とは価値が異なります。最新の資金調達ラウンドの株価をそのまま普通株式に当てはめると、税務上の時価との乖離が生じ、買い手や売り手に想定外の課税が発生するおそれがあります。
契約面の制約もあります。多くのスタートアップの株式には譲渡制限がついており、売却には取締役会などの承認が必要です。さらに投資契約で、既存投資家の先買権や共同売却権が定められていることが一般的です。売り手と買い手が合意しても、これらの手続を踏まなければ取引は成立しません。
規模による分断:3つの層で課題が違う
この問題は、企業の規模と状態によって中身が違います。第一の層は、赤字で成長中のスタートアップです。分配可能額がないためバイバックは使えず、セカンダリー取引の買い手探しが中心の論点になります。
第二の層は、上場しているものの時価総額が小さい企業です。2030年の100億円基準をにらみ、上場を維持するのか、M&Aや非公開化を選ぶのかという判断が迫られます。第三の層は、利益が蓄積したオーナー系の中小企業です。分配可能額があるため、分散した株式を自社株買いで集約する手段が使えます。
今後3〜5年でこう動く
以下は、ここまでの公表データと制度の方向性から合理的に導ける範囲の見立てです。将来を断定するものではなく、判断の前提として示します。
予測1 「小さく上場」は選ばれなくなり、非上場の期間が延びる
2030年から上場5年経過後に時価総額100億円が求められるため、上場時点で100億円に届く見込みのない企業は、上場を先送りすると考えられます。2025年にスタートアップのIPOが31社と10年で最少になった流れは、一時的な市況の問題ではなく、制度変更を見据えた構造的な変化として続く可能性が高いと読むべきでしょう。先行指標は、グロース市場の新規上場における上場時時価総額の分布です。
予測2 上場前のセカンダリー取引が、社員の換金手段として広がる
非上場の期間が延びれば、社員や初期投資家が株を現金化する手段が必要になります。改正金商法の特例、J-Ships、日証協での検討が重なり、プロ投資家向けの非上場株式売買は徐々に増えると考えられます。経済産業省資料も、M&Aやセカンダリー取引が着実に増加していると記しています。先行指標は、J-Shipsの取扱証券会社の数と取扱案件の数です。
予測3 上場小型企業のM&Aと非公開化が増える
流動性が乏しいまま上場を維持するコストに見合わないと判断する企業は、M&Aや非公開化を選ぶと考えられます。経済産業省資料が引用する東証の分析では、2010年以降に時価総額10倍以上かつ1000億円以上に成長した9社のうち7社が、上場後にM&Aを実施していました。上場後のM&Aは成長の手段としても、退出の手段としても使われる局面に入ります。
予測4 中小企業では、自社株買いが株主整理の標準手段になる
オーナー系の中小企業では、相続や事業承継のたびに株式が分散し、経営の意思決定が難しくなる例が少なくありません。分配可能額がある企業では、分散した株式を会社が買い取る自社株買いが、株主を整理する主要な手段として使われ続けると考えられます。後継者がいない企業では、M&Aによる第三者への株式譲渡との比較が論点になります。
慎重な見方:SpaceX型は例外であり、上場の価値は残る
こうした見立てには反論もあります。第一に、SpaceXは企業価値が数千億ドル規模の例外的な企業で、世界中の投資家が買いに来るからこそ非上場のまま換金機会を提供できました。日本の中小企業やスタートアップの多くは、同じ条件にありません。
第二に、上場には資金調達以外の価値があります。社会的な信用、採用での知名度、取引先との関係構築などは、上場で得られる効果として今も大きいといえます。上場を目指すか否かは、自社の成長見通しと照らして判断すべきです。
本当に優先すべきこと
スタートアップ経営者が着手すべき優先順位
第一に、出口の想定を「IPO一本」から「IPO・M&A・セカンダリーの3本立て」に変えることです。2030年の100億円基準を前提に、自社が上場5年後に時価総額100億円を超えられるかを逆算し、届かない可能性があるならM&Aを含めた複数の出口を事業計画と資本政策に書き込みます。投資家との対話の前提が変わるため、最初に着手すべき項目です。
第二に、自社の分配可能額を把握することです。経営者と財務担当者が、決算書から分配可能額を試算します。赤字企業では多くの場合ゼロ以下であり、会社による株式の買い取りは選択肢から外れます。この事実を押さえておかないと、社員から株の買い取りを求められたときに誤った約束をすることになります。
第三に、株式の譲渡ルールを整えることです。定款の譲渡承認手続、投資契約の先買権・共同売却権の内容を確認し、社員や創業者が株式を第三者に売る場合の手順をあらかじめ決めておきます。セカンダリー取引の買い手が現れてから契約を読み直していては、取引機会を逃します。
第四に、社員のストックオプションの換金ルートを説明できるようにすることです。上場までの期間が延びるほど、社員は「いつ、どうやって現金化できるのか」を気にするようになります。人事責任者と財務責任者が、IPO、M&A、セカンダリーそれぞれの場合の扱いを整理し、採用時の説明に反映させます。
第五に、普通株式の価格の考え方を、セカンダリー取引を始める前に税理士や評価の専門家と詰めておくことです。優先株式の価格をそのまま使うと、税務上の時価との差が問題になります。
中小企業経営者が優先すべき論点
第一に、株主名簿を最新の状態にし、誰が何株を持っているかを確定させることです。名義株や所在不明の株主がいると、自社株買いも事業承継も進みません。総務担当者と顧問税理士が中心になって、まず現状を把握します。
第二に、分散した株式を自社株買いで集約する場合の手続を確認することです。特定の株主から自社株を買う場合、会社法では株主総会の特別決議が必要で、他の株主にも自分の株を売主に加えるよう請求する権利が生じます。手続を飛ばすと取引の有効性が争われるおそれがあるため、司法書士や弁護士と段取りを組みます。
第三に、会社が買うか、第三者や後継者が買うかを税負担で比較することです。発行会社への売却はみなし配当として最高約55%の総合課税、第三者への売却は20.315%の分離課税というように、手段によって売り手の税負担が大きく変わります。相続で取得した株式の特例も含めて、顧問税理士と試算してから手段を選びます。
第四に、配当方針を明文化することです。少数株主にとって、非上場株式の価値を実感できるのは配当だけである場合が多く、配当がなければ株式の買い取り要求につながります。分配可能額の範囲で毎年どの程度を配当するのかを決め、株主に示しておけば、不意の買い取り請求を減らせます。
第五に、従業員持株会がある企業は、退会時の買い取り価格が分配可能額や税務上の時価と整合しているかを点検することです。
上場している小型企業が確認すべきこと
グロース市場に上場している企業の経営者と財務責任者は、自社株買いを検討する前に、流通株式比率と月平均売買高が上場維持基準をどれだけ上回っているかを確認すべきです。余裕が小さい場合は、自社株買いよりも、機関投資家向けの説明会や情報開示の強化で売買を増やすほうが優先度は高くなります。そのうえで、2030年の100億円基準に届く見通しがなければ、M&Aや非公開化を含めた選択肢を取締役会で早めに議論しておくことが必要です。
自治体・地域金融機関など支援者が押さえるべき点
地域のスタートアップ支援や事業承継支援に関わる自治体職員や地域金融機関にとっても、この論点は無関係ではありません。創業支援の成果指標を「上場社数」に置くと、2030年以降の制度のもとでは成果が出にくくなります。地域企業の出口としてM&Aや事業承継を支援メニューに位置づけ、分配可能額や株式の集約について相談できる専門家につなぐ体制を整えることが、現実的な支援になります。
やってはいけないこと
第一に、分配可能額を確認せずに自社株買いを約束することです。違反した場合は取締役が会社に対して支払い義務を負います。社員や株主との口約束が、経営者個人の責任につながるおそれがあります。
第二に、税務上の時価を無視した価格で株式を売買することです。時価より著しく低い価格で売買すると、買い手に贈与税や所得税が課されることがあります。親族や社員との取引ほど、価格の根拠を文書で残すべきです。
第三に、流動性の確保だけを目的に上場することです。時価総額が小さければ売買は細く、株主が売りたいときに売れるとは限りません。その目的なら、セカンダリー取引やM&Aのほうが合っている場合があります。
よくある質問
Q. 日本では上場しても資金調達ができないのはなぜですか。
A. IPOの規模が小さく、上場後の追加調達も少ないためです。東証の2023年の資料によれば、2018〜2022年に上場した357社のIPO時の資金調達額は中央値6億円で、売出し額が資金調達額を上回るIPOが約6割でした。上場後に公募で資金を集めた会社は、2003年以降に上場した837社の約14%にとどまります。
Q. 日本のスタートアップは上場以外でどうやって株を現金化できますか。
A. 主な手段はM&Aによる株式譲渡と、外部投資家への株式売却(セカンダリー取引)です。Speedaの「Japan Startup Finance 2025」によれば、2025年のスタートアップのIPOは31社と過去10年で最低だった一方、買収されたスタートアップは167件と高水準でした。プロ投資家向けにはJ-Shipsなどの制度も整備され始めています。
Q. 赤字のスタートアップは自社株買いができますか。
A. 原則としてできません。会社法461条により、自社株買いは配当と同じく分配可能額の範囲内でしか行えません。赤字が続き繰越利益剰余金が大きくマイナスの企業では、分配可能額がゼロ以下になることが多く、その場合は1株も買い取れません。違反した場合は、会社法462条により取締役などが支払い義務を負います。
Q. 非上場株式を会社に売るのと第三者に売るのでは、税金はどう違いますか。
A. 個人株主が発行会社に売却すると、資本金等の額を超える部分がみなし配当として総合課税となり、最高税率は住民税を含めて約55%です。第三者に売却すれば譲渡所得として20.315%の分離課税です。ただし相続で取得した株式を一定期間内に発行会社へ売る場合は特例があるため、顧問税理士との試算が必要です。
Q. グロース市場の上場維持基準はどう変わりますか。
A. JPXによれば、時価総額基準は現在の「40億円以上(上場10年経過後から適用)」から、2030年3月1日以降は「100億円以上(上場5年経過後から適用)」に引き上げられます。2025年12月末時点のグロース市場の時価総額中央値は63億円であり、多くの上場企業にとって成長か退出かの判断が迫られる水準です。
Q. SpaceXはなぜ長く上場しなかったのですか。
A. 非上場のままでも資金調達と株主の換金ができたためと考えられます。同社は年2回ほどのテンダーオファーで社員に換金の機会を提供し、2024年12月には企業価値約3500億ドルで、会社自身も最大5億ドルの自社株買いを行いました。2002年の創業から約24年後の2026年6月にナスダックへ上場し、調達額750億ドルと史上最大のIPOとなりました。
まとめ
日本の上場は、資金を集める場としても、株を売る場としても十分に機能していません。IPO時の資金調達額は中央値で6億円にとどまり、上場後に公募で資金を集めた会社は約14%です。半数前後の会社が上場時の時価総額を下回り、上場維持のコストだけが毎年かかり続けています。
これに対してSpaceXは、非上場のまま年2回ほどのテンダーオファーで株主に換金機会を提供し、十分に大きくなってから史上最大のIPOに臨みました。資金調達と流動性は、上場という1つの手段に頼らなくても、別々に手当てできることを示した事例です。
ただし日本には会社法の分配可能額規制があり、赤字企業は自社株買いができません。税制上も、会社への売却と第三者への売却では売り手の負担が大きく違います。2030年には上場5年後に時価総額100億円が求められ、小さく上場する道も狭くなります。
そのため、スタートアップはIPO・M&A・セカンダリーの3本立てで出口を設計し、譲渡ルールと価格の考え方を先に整える必要があります。中小企業は株主名簿の整理と分配可能額の把握から始め、自社株買いと第三者への譲渡を税負担で比較することが出発点になります。
上場が難しい時代に問われているのは、上場できるかどうかではありません。自社の株式に、誰が、いつ、どの価格で換金の機会を得られるのか。その設計図を持っている企業だけが、資金と人材を集め続けられるということです。
本記事の税率・制度に関するご注意
本記事に記載した税率や制度は、2026年10月時点で確認できた法令と公表資料にもとづいています。税制改正や会社法の改正、取引所規則の見直しによって、内容が変わる可能性があります。会社法については、法制審議会の部会が2026年3月に中間試案を公表しており、改正に向けた議論が続いています。
記事中の「最高税率は約55%」は、所得税・復興特別所得税・住民税を合わせた最高税率を、概数で示したものです。配当控除を考慮していないため、実際の負担はこれより低くなる場合があります。「20.315%」は、非上場株式の譲渡所得にかかる所得税・復興特別所得税・住民税を合わせた税率です。実際の税額は、株式の取得価額、資本金等の額、本人のほかの所得、相続による取得かどうかなどによって大きく異なります。
本記事は、制度の概要と論点を整理するための一般的な情報提供を目的としています。特定の取引や投資を勧めるものではなく、税務・法務上の助言にあたるものでもありません。自社株買い、株式の譲渡、資本政策の変更を実際に検討する際は、顧問税理士、弁護士、司法書士などの専門家に個別の状況を確認したうえで判断してください。
中小企業自治体DXニュース編集部です。
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