2025年の出生数が67万1236人となり、国立社会保障・人口問題研究所(社人研)が2023年の推計で74万9千人と見込んでいた水準を大幅に下回った——厚生労働省がそう発表したのは2026年6月3日のことです。少子化は政府推計より約15〜16年早いペースで進行しており、これは経営者にとっても行政担当者にとっても、単なる社会問題ではなく、目の前の経営課題・行政課題として認識し直さなければならない現実です。同時に、AIが人の代わりに営業をこなす時代が来た、かつては国内専業だった企業がフィリピン等の人口増加地域に活路を求め始めた、高齢化が生む新しい市場が急拡大し始めた——こうした変化が同時進行しています。本稿では、この「三重の波」を正面から読み解き、中小企業経営者と自治体担当者が今この瞬間に優先すべきことを具体的に提示します。
第1章 67万人ショック——少子化の「想定外」を直視する
政府推計を15〜16年上回る速度で進む人口減少
厚生労働省が2026年6月3日に発表した人口動態統計(概数)によると、2025年に国内で生まれた日本人の子どもの数は67万1236人でした。1899年の統計開始以来、10年連続で過去最少を更新しています。
合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子どもの数の指標)は1.14で、これも過去最低の水準です。前年より0.01ポイント低下しており、回復の兆しは見えません。
この数字が衝撃的なのは、絶対値だけではありません。国立社会保障・人口問題研究所(社人研)が2023年に公表した将来推計人口(中位推計)では、2025年の出生数を74万9千人と見込んでいましたが、現実の67万1236人はその水準を7万人以上も下回りました。また同推計では「出生数が70万件を下回るのは2043年頃」と見込まれていたところ、2024年時点ですでに70万を割り込んでいます。こうした乖離から、少子化の進行が政府推計より約15〜16年早いと指摘されています。
減少数で見ると、出生数は前年より1万4937人減少し、減少率は2.2%でした。近年の減少率は5%台で推移することが多かったため、率だけを見れば「小さい」と感じるかもしれません。しかし、これは分母となる出生数自体がすでに極めて少ない水準にあるためであり、絶対数の減少が止まったわけではありません。むしろ、出生数がこれほど低い水準に達した事実そのものが、問題の深刻さを示しています。
出生率1.14という数字を人口維持に必要な水準(2.07程度)と比較すると、現在の日本がいかに人口再生産の力を失っているかがわかります。この差は、コロナ禍や経済的要因だけでは説明できません。晩婚化・非婚化・育児コストの増大・キャリアと育児の両立の難しさ——これらが複合的に絡み合い、「子どもを持つという選択」が日本社会では年々難しくなっています。
「2040年問題」が実質的に「2025年問題」になった
少子化と人口減少の影響として、これまで政府・研究機関が警鐘を鳴らしてきた「2040年問題」があります。2040年には高齢者人口がピークを迎え、労働力不足・社会保障費の膨張・地方インフラの維持困難が同時に起きると指摘されてきました。
しかし、出生数が推計を大幅に下回ったことは、その影響が2040年を待たずに経営現場・行政現場に押し寄せてくることを示唆しています。採用難、内需縮小、税収減、空き家増加、高齢者比率の急上昇——こうした問題は、すでに多くの地域で現実のものとなっています。
経営者の方々に問いかけたいことがあります。「人口が減れば市場が縮む」という認識はあっても、「その縮小ペースが想定を大きく超えている」という危機感を持って事業計画を立てているでしょうか。自治体の担当者に問いかけたいことがあります。10年後・20年後の人口を前提に整備されてきた公共施設、福祉サービス、インフラの計画を、いま見直す動きがあるでしょうか。
67万人という数字は、単なる統計の数値ではなく、日本社会の構造変化が「次のステージ」に入ったことを告げる信号です。この信号を正確に受け取り、事業・行政の戦略に反映できた組織とそうでない組織の差は、5年後・10年後に大きな開きとなって現れます。
具体的に考えてみましょう。現在40代の経営者が60歳になる頃、日本の年間出生数は50万人台に近づいているかもしれません。現在30代の自治体職員が管理職になる頃、多くの地方都市の人口は現在の7〜8割になっているかもしれません。「その時に何をするか」を今から設計しておくことが、生き残りの条件です。
地方と都市で異なる影響の深刻さ
少子化・人口減少は、地域によってその深刻さが大きく異なります。東京・大阪・名古屋の三大都市圏では、地方からの転入によって人口がある程度維持されていますが、その転入元の地方では「人が流出し、生まれる子どもも減る」という二重の打撃を受けています。
秋田県、青森県、高知県などでは、すでに全国平均の10〜15年先を行く人口減少が進んでいます。これらの地域で商売を営む中小企業にとって、「人口減少対策を考える時間的余裕はない」という状況が現実となっています。市場の縮小は進行しており、採用はできず、後継者も見つからない。それが多くの地方中小企業の現実です。
人口減少が急速に進む地域では、商店街の空き店舗率が30〜50%に達し、地元の金融機関でさえ支店統廃合を進めています。小学校の廃校・統合、医療機関の撤退、交通網の縮小——生活インフラそのものが失われていく「縮退」が進んでいます。
一方、都市部の企業も「地方向けビジネスが縮む」「地方拠点の採用が難しい」という形で影響を受けています。少子化は地方だけの問題ではなく、日本全体のビジネス環境を根本から変えていく潮流です。大都市圏の企業も「地方市場の縮小」「物流コストの上昇」「地方の事業パートナーの廃業増加」といった形で、他人事ではなくなっています。
出生数減少が産業に与える具体的影響——10年後のシミュレーション
少子化が進むと、どんな産業が具体的にどう変わるのか。10年後を見据えたシミュレーションをしてみましょう。
教育産業は、すでに学習塾・予備校・私立学校の統廃合が進んでいます。18歳人口の減少は大学の定員割れを加速させており、地方の私立大学を中心に経営危機が顕在化しています。この傾向は今後さらに強まります。
住宅・不動産は、新築需要が縮小し、既存住宅(中古・賃貸)市場の比重が増します。空き家問題はさらに深刻化し、地方では固定資産税の収入確保よりも空き家の適正管理が行政の優先課題となります。
食品・飲食は、人口減少に伴い国内需要が縮小しますが、高齢者向けの健康食・介護食・宅配弁当の需要は増加します。一方、学校給食・子ども向け食品市場は縮小します。
金融は、国内の個人ローン・住宅ローン需要が縮小し、地方銀行・信用金庫は収益環境がさらに厳しくなります。一方で、相続・資産承継に関連する金融サービスへの需要は拡大します。
製造業は、国内向けのBtoC製造は市場縮小に直面しますが、BtoB・グローバル向けの生産は成長の余地があります。また、工場での人材不足を補うための自動化・ロボット投資が加速します。
これらの変化は「起こるかもしれない未来」ではなく、「起こりつつある現実」です。今の延長線で10年後を考えるのではなく、10年後の市場構造から逆算して今を設計する「バックキャスト」の思考が、これからの経営・行政には不可欠です。
第2章 国内市場の縮小に動く企業——海外人口増加地域への展開加速
スギHDのフィリピン出店が示すもの
2026年5月29日、スギホールディングス(HD)の子会社Sトレーディングが参画する合弁会社「AJS Pharma, Inc.」が、フィリピンのマニラ首都圏マカティ市でドラッグストア「St. Joseph Drug Powered by スギ SUGI」のコンセプトストア1号店をグランドオープンしました。スギHDグループにとって、フィリピンへの店舗展開は初めてのことです。スギ薬局で販売する美容製品などプライベートブランド(PB)商品も現地で販売するとしています。
合弁会社「AJS Pharma, Inc.」は、Sトレーディング(スギHD子会社・出資比率40%)、フィリピン財閥大手アヤラ・コーポレーション傘下のAC Health関連会社(40%)、調剤薬局チェーンを運営するJRI(20%)の3社で構成されています。スギHDは2025年8月にアヤラ・コーポレーション傘下のAC Healthと戦略的パートナーシップを結んでおり、2026年1月時点でAJSに出資を完了しています。将来的にはフィリピンでの店舗拡大を視野に入れています。
なぜフィリピンなのか。答えは人口動態にあります。フィリピンの人口は現在約1億1200万人で、平均年齢は25歳前後と若く、今後も人口増加が続く見通しです。経済成長率も年6〜7%台で推移しており、中間所得層が急速に拡大しています。
日本の大手ドラッグストアチェーンがなぜ今、海外に打って出るのか——その背景には、国内市場の構造的縮小があります。店舗数を増やしても国内では「食い合い(カニバリゼーション)」が起き、総需要は人口減少に伴って縮小していく。この現実に対し、成長市場を求めて海外に出るという選択は、理論的には当然の帰結です。
スギHDに先駆けて、ツルハホールディングスはタイ・マレーシアに進出しており、ウエルシアホールディングスもASEAN展開を模索しています。ドラッグストア業界全体として、「国内だけでは成長できない」という認識が共有されつつあります。
重要なのは、この動きが「大企業だけの話」ではなくなりつつある点です。フランチャイズビジネス、食品輸出、デジタルサービスなど、中小企業でも海外の人口増加地域にアクセスする手段は増えています。そして、日本の少子化が推計を大きく超えて進んでいる事実は、この「海外展開」を検討する時間軸を前倒しにする理由になっています。
「カニバリ覚悟の事業転換」——仏壇業界の挑戦
スギHDの海外展開とは対照的に、国内市場の縮小に正面から向き合って事業転換を図る企業もあります。その象徴的な事例が「仏壇のはせがわ」のサブスクリプションサービスです。
はせがわは、仏壇のサブスクリプションサービス「買わないお仏壇『tutumuプラン』」を2026年4月から展開しています。西日本25店舗での先行展開に続き、首都圏を中心とした東日本26店舗でも順次展開を開始しました。月額990円(税込み)から複数の料金プランを用意し、新品の仏壇を1〜4年間使用できる仕組みです。いつでも買い取りや解約が可能で、利用終了後ははせがわが仏壇を引き取り、供養まで一貫して行うとしています。
この取り組みが「カニバリ覚悟の事業転換」と表現される理由は、サブスクが自社の買い切り販売を侵食するリスクがあるにもかかわらず、あえて踏み出す戦略的判断があるからです。高齢化に伴う仏壇需要の増加と、一方での少子化・核家族化による「仏壇を持ちたくない・持てない」層の増加という矛盾した市場変化に対し、所有から利用へとビジネスモデルを転換することで顧客の裾野を広げようとしています。
仏壇市場は、宗教的慣習の変化・マンション居住の増加・核家族化の進展により、長期的な縮小トレンドにあります(1997年の約3600億円から2026年は約1100億円と約3分の1に縮小)。そうした中で「月々990円で使える」という入口を作ることで、これまでリーチできなかった顧客層を取り込もうとする発想は、他の業界・業種にも示唆を与えます。
「自社の既存ビジネスモデルを自ら壊す覚悟を持てるか」。これは、縮小市場にいるすべての企業が向き合わなければならない問いです。はせがわの事例は、その問いへの一つの回答を示しています。
「人口増加地域」への展開を検討すべき業種とは
スギHDの事例を見て、「うちは中小企業だから海外展開は関係ない」と思う経営者も多いでしょう。しかし、視点を変えると、中小企業にも海外展開・広域展開の機会は存在します。
まず、デジタルサービスを提供する企業であれば、物理的な拠点なしに海外市場にアプローチできます。日本のコンテンツ、技術、ノウハウへの需要は、東南アジアや中東など人口増加地域で確実に存在します。日本のソフトウェア開発力、製造技術、品質管理手法などを教育・コンサルティングの形で提供する中小企業は、すでにASEAN市場で成功を収めています。
次に、食品・農産物・工芸品など「日本の品質」が強みになる製品を持つ企業は、インバウンド需要の取り込みと輸出の組み合わせで市場を広げられます。フィリピン・ベトナム・インドネシアなどでは日本ブランドへの信頼感が高く、中間所得層の拡大に伴い需要が伸びています。農業法人・食品加工業・伝統工芸の事業者にとって、輸出への挑戦は「国内市場縮小への備え」として合理的な選択肢です。
さらに、人材ビジネスや職業訓練の分野では、日本企業が求める技能を持つ外国人材の育成・送り出し機関との連携が、国内の採用難を解決する手段になり得ます。これは「国内の人口不足を海外でカバーする」という発想の転換です。特定技能・技能実習制度の活用を超えて、外国人材が地域に定着し、地域経済の一員として活躍できる環境を作ることが、採用難時代の地方中小企業にとって重要な戦略になります。
また、インバウンド観光の文脈でも、「人口増加地域からの旅行者」を取り込む機会は広がっています。円安が続く中、東南アジア・中東・インドなどの中間所得層が日本旅行の消費者として台頭しています。観光業・宿泊業・飲食業・土産物業を営む地方の中小企業にとって、こうした新たな顧客層への対応は、縮小する国内需要を補う重要な柱になり得ます。
中道政党が訴えた「人口減少対策」——政治の議論と経済の現実
2026年5月24日、NHKの番組で与野党の憲法担当者が議論を行った際、立憲民主党の泉健太氏は、選挙制度の憲法論議よりも「人口減少対策」を優先すべきだと主張しました。この発言は、政治の場でも人口減少が最重要課題として認識され始めていることを示しています。
企業・自治体の立場から見ると、「人口減少対策」の実態は、出生率向上(婚姻・出産の促進)と、縮小する人口を前提とした社会・経済の再設計という二つの方向性があります。出生率向上は長期課題であり、その効果が出るまでには30〜40年かかります。一方、「縮小する人口でも豊かな社会を維持する」という課題は、今すぐ取り組まなければならない現実です。
企業経営者にとって重要なのは、「政府の人口対策がうまくいく」という楽観的な前提で事業計画を立てないことです。政策の効果を期待しながらも、人口減少が続く現実に対応した経営戦略を同時に持つことが求められます。
第3章 AIが人を代替する——年収100万円の営業部門という衝撃
「営業をAIに置き換える(年収500万〜800万円)→年間100万円」の意味
あるビジネス系のメディアで、AI時代の生存戦略を語るコンテンツが注目を集めています。そこで示されていたのは、「営業をAIに置き換える(年収500万〜800万円)→年間100万円」という試算です。
これは誇張ではありません。実際に、問い合わせ対応・見積書の自動生成・アポイント調整・フォローアップメールの送付・商品説明のチャットボット化——これらの業務を複数のAIツールで組み合わせると、年間の運用コストは数十万円から百万円程度に収まります。従来であれば専任の営業担当者1〜2人分のコストがかかっていた業務を、AIが代替できる領域が急速に広がっています。
ただし、この数字をそのまま「AIで人員削減できる」と受け取るのは早計です。重要なのは、「AIが得意な業務」と「人間が依然として担うべき業務」を正確に分けることです。
AIが得意なのは、定型的・反復的な業務です。決まった質問への回答、データ入力と集計、スケジュール管理、メール作成の補助、情報検索と要約——これらはすでに高い精度でAIが処理できます。一方、顧客との信頼関係構築、複雑な交渉、クレーム対応、新規事業の提案、社内の合意形成——こうした「判断と人間関係」が求められる領域はまだ人間の強みです。
中小企業経営者が考えるべきなのは、「どこをAIに任せ、どこに人間の力を集中させるか」という業務設計の問いです。この設計を誤れば、コスト削減どころか、顧客離れや品質低下を招くことになります。
AIが変える「仕事の定義」——何が変わり、何が変わらないのか
AIが普及することで、多くの職種で「仕事の中身」が変わります。仕事そのものがなくなるケースは一部にとどまりますが、同じ職種名でも求められるスキルが大きく変わるケースが多くなります。
営業職であれば、既存顧客へのルーティン的なフォローアップやカタログ説明はAIに任せ、人間は新規開拓・複雑案件のハンドリング・パートナー関係の構築に集中する。総務・経理職であれば、書類作成・データ入力・定型回答はAIが担い、人間はイレギュラー対応・制度設計・人事判断に注力する。こうした「役割の再定義」が、今まさに進行中です。
この変化は脅威でもあり、機会でもあります。脅威として見れば、AIに代替される業務しかできない人材は市場価値が下がります。機会として見れば、AIをうまく使いこなして高付加価値な業務に集中できる人材・組織は、少ない人員でより大きな成果を出せるようになります。
中小企業にとってのAI導入は、「何人削減できるか」より「今いる人材の生産性をどれだけ上げられるか」という観点で考えるべきです。少子化で採用が難しくなる中、既存の従業員にAIを使いこなしてもらい、一人当たりの付加価値を高めることが、企業の生命線になります。
中小企業でのAI活用——現実的な効果と着手順序
大企業はすでに大規模なAI投資を行っており、業務効率化の恩恵を受け始めています。では中小企業はどうすればいいのか。現実的な視点から整理します。
まず、中小企業がすぐに活用できるAIツールは大きく3つのカテゴリーに分かれます。
1つ目は「文書作成・情報整理」です。提案書・報告書・メール・議事録の作成、情報の要約と整理に使えるツールは、すでに多数が月額数千円〜数万円で提供されています。社員がこれを使いこなすだけで、1人あたり月に数時間の工数削減が可能です。特に、繰り返し発生する書類作成(見積書、請求書、社内報告など)をテンプレート化し、AIで半自動化するだけで、年間数十時間の時間創出ができます。
2つ目は「顧客対応の自動化」です。ウェブサイトへのチャットボット設置、問い合わせへの自動返信、FAQ対応の自動化は、すでに中小企業でも導入コストが現実的な水準になっています。24時間対応ができるようになり、スタッフの負荷が大幅に下がります。特に、ウェブ経由の問い合わせが多い企業では、初期対応をAIに任せることで、商談化の速度を上げながら営業担当者の工数を削減できます。
3つ目は「データ分析と意思決定支援」です。売上データ・顧客データ・在庫データをAIで分析し、傾向や異常を自動検知するツールは、大規模なシステム投資なしに使えるクラウドサービスが増えています。経営者が「勘と経験」で判断していた部分をデータで裏付けられるようになります。
着手の順序としては、「効果が大きく、失敗しても被害が小さい」業務から始めることが重要です。顧客とのダイレクトな接点(クレーム対応、重要な交渉)よりも、社内業務(議事録・報告書・データ整理)でまず試し、社員がAIツールに慣れてから、顧客接点の部分的な自動化に進むのが現実的なステップです。
「AIを使える人材」の育成が急務
AIツールが安価に使えるようになったとしても、それを使いこなせる人材がいなければ意味がありません。「AIリテラシー」の育成は、今後の中小企業の人材戦略の核心です。
AIリテラシーとは、単に「AIツールの操作方法を知っている」ということではありません。AIに何を任せ、何を人間がやるかを判断できる力、AIの出力を批判的に評価し適切に修正できる力、AIを活用して業務プロセスを再設計できる力——これらを含む複合的なスキルです。
この力を育てるためには、座学の研修だけでは不十分です。実際にAIツールを使い、試行錯誤しながら学ぶ機会を社内で作ることが重要です。「AIで業務改善のアイデアを出す社内コンテスト」「AIツールを使った業務改善を発表する社内会議」などの仕掛けが、AI活用文化の醸成につながります。
採用面でも、AIリテラシーを選考基準に加える企業が増えています。「生成AIを日常的に使っているか」「AIを使って自分の仕事をどう変えるか説明できるか」——こうした問いに答えられる人材を採用し、社内の変革をリードしてもらうことが、AI活用の加速につながります。
自治体でのAI活用——行政サービスの維持と効率化
人口が減れば税収も減ります。しかし行政サービスの需要はなくならない。むしろ高齢者の増加に伴い、福祉・医療・介護に関する行政需要は増えていきます。この矛盾を解決する手段の一つが、行政業務のAI活用です。
すでに先進的な自治体では、住民からの問い合わせ対応にAIチャットボットを導入し、窓口スタッフの対応件数を大幅に削減しています。また、書類審査・申請処理の自動化、AIを活用した補助金申請のサポートなど、住民サービスの質を保ちながら業務を効率化する取り組みが広がっています。
特に注目されているのが、「書かない窓口」と呼ばれる取り組みです。住民が窓口に来た際、スタッフがAIを活用しながら聞き取りを行い、書類への記入を代わりに行う仕組みで、高齢者や外国人住民の利便性が大幅に向上します。デジタルに不慣れな住民を取り残さずにDXを進める手法として、各地での導入が進んでいます。
また、道路・橋梁・上下水道などインフラの老朽化点検にドローンとAI画像解析を組み合わせる取り組みも広がっています。人手で行う点検より低コストかつ高精度で異常を検知でき、限られた予算の中でインフラ維持管理を続けるための現実的な手段として注目されています。ある地方自治体では、AI点検の導入により、インフラ点検コストを従来比で30〜40%削減できたという事例も報告されています。
議会や住民への説明資料の作成、法令・条例の検索・照合、補助金制度の案内——こうした「調べる・まとめる・説明する」業務もAIで効率化できます。職員の本来業務(住民との対話、政策立案、地域課題の解決)により多くの時間を割けるようになることが、AI活用の最大の目的です。
第4章 高齢化が生む新市場——「実家じまい」から「仏壇サブスク」まで
「実家じまいワンストップ代行」が広がる背景
親の死後に残った実家を買い取り、残置物の処分も一括で請け負う不動産会社が登場し、「実家じまいワンストップ代行」と呼ばれるサービスが広がっています。老朽化した物件は買い手がつきにくく、遺品の処分にも費用がかかります。悩める子世代が駆け込む先として、こうしたサービスの需要が急速に拡大しています。
「まるでゴールが見えないマラソンのよう」——そう語るのは、実家の処分を手がけているITエンジニアの男性(42歳)です。地方の実家の売却、大量の残置物の処分、亡くなった親の銀行口座の解約、固定資産税の納付……一つひとつは対応できても、総量として膨大な作業が何年にもわたって続く。そんな経験をした子世代が多く、「最初から全部任せられるサービス」への需要が生まれています。
この背景にあるのは、団塊世代(1947〜49年生まれ)の後期高齢者化です。2025年以降、この世代が75歳を超え始めており、相続・実家処分・高齢者施設への移住といった手続きが全国で大量に発生しています。それに対応する専門サービスの需要が、これから10年間で急拡大すると見られています。
「実家じまい」の課題は複合的です。不動産の売却・賃貸・解体のいずれかの判断、残置物の仕分け・不用品処分・価値ある遺品の売却、固定資産税・相続税の手続き、隣地との境界問題——これらを個人が一つひとつ業者を探して対応するのは、時間的にも精神的にも大きな負担です。それをまるごと代行するサービスに対する需要は、今後ますます高まります。
地方の中小企業にとって、この分野は参入機会の一つです。地元の不動産業者・遺品整理業者・司法書士・税理士・廃棄物処理業者がネットワークを組み、「地域密着型のワンストップ実家じまい」を提供するモデルは、大手が手を出しにくい地方市場で強みを発揮できます。地域の人間関係と信頼を持つ地元密着型の業者が、行政窓口とも連携して顧客を安心させることが差別化の軸になります。
高齢化ビジネスの全体像——7つの成長領域
高齢化社会が生み出すビジネス機会は、実家じまいにとどまりません。以下に、特に今後10年で拡大が見込まれる7つの領域を整理します。
(1)移動支援・外出支援
免許返納が増える中、高齢者の移動手段の確保は深刻な課題です。デマンド型乗合タクシー、自動運転の活用、移動スーパーなど、移動そのものと移動に付随するサービスに大きな需要があります。過疎地域では特に、「移動できない」ことが生活全体の質を下げる最大要因となっており、移動支援ビジネスは社会的意義と事業性を両立できる領域です。
(2)在宅医療・訪問介護のDX
人材不足が深刻な介護分野で、ICTを活用したケア記録の効率化、ロボット介護機器の普及、遠隔医療・モニタリングの導入が加速しています。ここに関わるシステム開発・機器販売・運用支援は成長分野です。特に、介護スタッフの記録・報告業務をAIで効率化するツールは、慢性的な人手不足に悩む介護施設・事業所から強い需要があります。
(3)認知症ケア・予防
認知症患者数は今後さらに増加します。認知症予防プログラム、認知症対応の住環境整備、介護者支援サービスなど、関連ビジネスは多岐にわたります。「脳トレ」から始まり、生活習慣改善・社会参加促進・早期診断支援まで、予防の段階から介護の段階まで一連のサービスを提供できる事業者は競争優位を持ちます。
(4)終活・相続・資産管理
遺言書作成支援、相続手続き代行、老後の資産管理・運用アドバイスなど、「人生の終わりを整える」サービスへの需要が増加しています。デジタル遺産(SNSアカウント・暗号資産など)の管理・整理も新たな課題として浮上しており、法律・金融・ITの知識を組み合わせた専門サービスへの需要は高まる一方です。
(5)高齢者向け住まい・施設
サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)、グループホーム、有料老人ホームなど、多様なニーズに対応した住まいの整備が求められています。特に、過疎地域での高齢者の住まい問題は、自治体との連携が不可欠な課題です。「住み慣れた地域で最後まで暮らす」という高齢者の希望を叶えるための在宅支援サービスとの組み合わせが、今後の重要テーマになります。
(6)シニア向けデジタルサービス
スマートフォンの操作サポート、オンライン手続きの代行、孤独感解消のためのコミュニティサービスなど、デジタルと高齢者をつなぐ事業は需要が急拡大しています。行政のデジタル化が進む中で、「デジタル難民」を生み出さないための支援は社会的に重要であり、収益事業としても成立します。家電量販店・携帯ショップ・地域のNPOなど、様々な主体がこの分野で動き始めています。
(7)食・栄養・フレイル予防
高齢者の低栄養・サルコペニア(筋力低下)・フレイル(虚弱)を防ぐための食事宅配、栄養管理サービス、フィットネスプログラムなど、健康寿命を延ばすためのサービス市場が広がっています。「健康でいる期間を長くする」ことへのニーズは高く、医療費の削減にも直結するため、自治体・健康保険組合なども費用を補助する形で後押しする動きがあります。
高齢化ビジネスへの参入で気をつけるべきこと
高齢化ビジネスは成長市場ですが、参入にあたって注意すべき点があります。
まず、顧客(高齢者)の購買力と意思決定の特性を正確に把握することが必要です。高齢者は慎重で、見知らぬ企業への信頼構築に時間がかかります。地元の信用・口コミ・実績が重要で、価格よりも安心感が選ばれる理由になります。焦って「高齢者向け市場は儲かる」と参入しても、信頼の積み上げなしに短期間で成果は出ません。
次に、実際の意思決定者が高齢者本人だけでなく、その子ども世代(40〜60代)であるケースが多いことを念頭に置く必要があります。購入・契約の判断に家族が深く関わるため、家族への説明・情報提供も重要なマーケティング要素です。子ども世代へのウェブ・SNSでの情報発信と、高齢者本人向けの対面での丁寧な説明——両方のコミュニケーション設計が必要です。
また、介護・医療・福祉の分野は法規制が複雑で、関連する資格・許認可の要件も厳しいものがあります。参入前に法的要件を十分に確認し、必要に応じて専門家の助言を得ることが不可欠です。「グレーゾーン」に踏み込むことで行政指導を受け、ブランドを毀損するリスクは決して小さくありません。
さらに、「高齢者向け=シンプル・機能重視」という先入観は必ずしも正しくありません。現在の65〜75歳世代は、バブル期に消費を謳歌した世代であり、品質・デザイン・体験価値に対する感度は高い人が多くいます。「シニア向け」と銘打てば売れるわけではなく、顧客理解に基づいた商品・サービス設計が求められます。
最後に、「担い手の確保」という問題があります。高齢化ビジネスの多くは、人による対面サービスが核心です。しかし、その担い手となる人材自体が少子化で不足していきます。AIやロボットで補える部分とそうでない部分を見極めながら、持続可能な事業モデルを設計することが求められます。
第5章 自治体が直面する三重の危機と打開策
財政・人口・インフラの同時悪化という現実
多くの地方自治体は現在、財政悪化・人口減少・インフラ老朽化という三重の危機に直面しています。それぞれが独立した問題ではなく、互いに影響を与え合う連鎖的な課題です。
人口が減れば税収が減ります。税収が減れば行政サービスの維持が難しくなります。行政サービスが劣化すれば、さらに住民が流出します。インフラが老朽化しても修繕費を捻出できなければ、住民の生活水準は下がります。この悪循環を断ち切る手立てを、各自治体は真剣に考えなければなりません。
財政の実態を把握するために「財政健全化法」に基づく指標(実質公債費比率、将来負担比率など)を見ると、危機的状況に近づいている地方自治体の数は、年々増加しています。財政が悪化した自治体は、人件費・投資的経費を削減せざるを得なくなり、行政サービスの質が低下します。そしてそれが住民の不満を生み、さらなる人口流出につながるという悪循環に入ります。
インフラの老朽化も深刻です。高度経済成長期に集中整備されたインフラが、50〜60年の耐用年数を迎え始めています。橋梁の半数以上、上下水道管の相当部分が更新時期を迎えており、その費用は自治体財政を大きく圧迫します。更新を先送りすると、突発的な事故・機能停止のリスクが高まります。ある試算によれば、全国の自治体が必要とするインフラ更新費用の合計は今後20年で200兆円を超えるとも言われており、現状のペースでは到底賄えない水準です。
「選択と集中」——コンパクトシティ政策の現実と課題
人口が減り、財政も厳しくなる中で、広域に分散した行政サービス・インフラを維持し続けることは不可能です。そのため、居住・商業・行政サービスを中心部に集約する「コンパクトシティ」政策が国策として推進されています。
コンパクトシティとは、バラバラに点在する居住地域・施設を集約し、公共交通でつながれた生活圏を形成することで、行政コストの削減と住民の生活利便性の向上を同時に実現しようとする考え方です。国土交通省が推進する「立地適正化計画」がその具体的な政策ツールとなっており、居住誘導区域・都市機能誘導区域を設定することで、適切な土地利用を誘導する仕組みです。
しかし、コンパクトシティには現実的な課題が多くあります。農村・山間部に住む住民をどう支援するのか、高齢者を中心部に移住させることは実際には難しいのではないか、移転・集約にかかる費用はどう捻出するのか——これらの問いに対して、明確な答えを出せている自治体はまだ多くありません。
また、コンパクトシティを推進する一方で、農山村地域の集落を「切り捨てる」わけにはいきません。農業・林業・漁業の担い手が維持できなければ、食料安全保障・国土保全という点で深刻な問題が生じます。「集約と分散の両立」という矛盾に、多くの自治体が答えを見出せていないのが現状です。
コンパクトシティは「方向性」としては正しいとしても、その実現には地域住民・民間企業・自治体が協力して長期にわたって取り組む必要があります。行政だけで完結する施策ではなく、地域全体のコンセンサス形成と官民連携が不可欠です。
自治体DXの現在地——進んでいる自治体と遅れている自治体の差
デジタル庁が設立され、マイナンバーカードの普及が進む中で、自治体のDXは着実に前進しています。しかし、その進捗には自治体間で大きな差があります。
進んでいる自治体では、オンライン申請の対象サービスを大幅に拡大し、住民が役所に来なくても多くの手続きが完結するようになっています。AI・RPAを活用した内部事務の効率化も進んでおり、職員数が減っても業務の質を維持できる体制づくりが進んでいます。例えば、神奈川県横須賀市では、AIを活用した行政文書の作成支援を全庁的に導入し、大きな成果を上げています。
一方、遅れている自治体では、基幹システムの老朽化・ベンダー依存・職員のITスキル不足・予算不足といった壁が立ちはだかっています。国が標準化を進めているとはいえ、移行の実務は各自治体が担う必要があり、リソース不足がDXの妨げになっています。小規模の自治体ほど、専任のDX推進担当者を置く余裕がなく、「誰がやるのか」という問題に悩み続けています。
重要なのは、DXを「効率化のための手段」としてだけでなく、「人口が減っても住民サービスを維持するための必須インフラ」として位置づけることです。その認識の転換があってこそ、DX投資の優先順位が上がり、首長・議会・職員が一丸となって取り組む体制が生まれます。
「うちの自治体は予算もないしDXは難しい」というあきらめは、残念ながら将来の住民サービス崩壊につながります。小さくても動き出すことが重要です。無料・低コストのクラウドツールを使った業務改善、他自治体の取り組みを学ぶ研修・視察、国や県の補助事業を活用したモデル事業の立ち上げ——できることから一歩踏み出すことが求められます。
官民連携の深化が地域存続の鍵
人口が減り、行政リソースが限られる中で、地域の生活を維持するためには官民連携の深化が不可欠です。行政が単独で担ってきた機能を民間に移譲したり、民間と共同で運営したりする動きが全国で広がっています。
指定管理者制度を活用した公共施設の民間運営、PPP(官民連携)・PFI(民間資金等活用)による公共インフラの整備・維持、地域商社による地元産品の販路拡大と6次産業化支援——これらはすでに実績のある手法です。しかし、制度があっても活用できていない自治体も多く、「どの事業に適用できるか」「民間との対話をどう進めるか」という実務的な課題が残っています。
さらに近年注目されているのが、「地域の課題解決をビジネスとして成立させる」社会的企業・コミュニティビジネスの育成です。NPOや社会的企業が、行政が手を引いたサービス領域に参入し、小規模でも持続可能な形でサービスを提供するモデルが各地で生まれています。移動支援・子育て支援・高齢者見守り・空き家管理——これらを地域住民自身がビジネスとして担う事例が増えています。
自治体の役割は、こうした官民連携の「ハブ」となり、民間企業・NPO・住民が協力しやすい環境を整えることです。補助金を出すだけでなく、情報提供・場の提供・規制の緩和・人材のコーディネートなど、「触媒」としての機能を高めることが求められています。
また、近隣自治体との広域連携も重要です。一つの自治体では維持できなくなった行政サービスを、複数の自治体で共同運営することで、効率化とサービス水準の維持を同時に実現できます。広域連携は「主権の喪失」ではなく、「生き残りのための戦略的判断」として、より積極的に活用すべき手段です。
第6章 今、経営者と自治体担当者が本当に優先すべきこと
中小企業経営者への提言——「5年後の地図」を描き直す
ここまで読んでいただいた方には、少子化・AI・海外展開・高齢化ビジネスというテーマが一つの大きな潮流として見えてきたのではないでしょうか。これらは別々の話ではなく、「人口構造の変化が経済・社会のあらゆる面に波及している」という一本の線でつながっています。
中小企業経営者が今すぐ取り組むべき優先事項を、具体的に整理します。
第一に、「5年後の自社の顧客は誰か」を問い直すことです。今の主要顧客の年齢・地域・業種が、5年後に同じ規模で存在するかどうかを検証してください。人口減少が進む地域の消費者向けビジネス、人手に依存する労働集約型のサービスは、現状維持では縮小が避けられません。5年後の顧客像が今と異なるならば、今から新しい顧客層を開拓する準備を始める必要があります。
第二に、「AIで代替できる業務」を棚卸しし、実験的に導入を始めることです。大規模な投資は必要ありません。月額1〜3万円程度のAIツールを1〜2種類試し、社内での活用ルールを作りながら学ぶことが第一歩です。重要なのは、「使ってみる文化」を社内に作ることです。最初から完璧を求めず、小さく試して改善していくアジャイルな姿勢が、AI活用の成功を左右します。
第三に、「高齢化・縮小に伴う新しい需要」を事業に取り込む検討をすることです。実家じまい支援、高齢者向けサービス、相続・終活関連——自社の既存リソース(技術、人脈、地域密着性)を活かせる領域があるはずです。既存事業の縮小分を新分野で補うという発想ではなく、「高齢化・縮小という変化の中で自社が果たせる新しい役割は何か」という問いから出発してください。
第四に、「採用・人材育成」の戦略を見直すことです。採用難は今後さらに深刻になります。「誰でもできる仕事」はAIに任せ、「人にしかできない仕事」に特化した採用像を描き直すことが、採用ブランディングにも直結します。また、外国人材の活用・定着支援も、真剣に検討すべき選択肢の一つです。外国人材を「安価な労働力」としてではなく、「地域の担い手」として位置づけ、定着を支援する体制を整えることが、長期的な人材確保につながります。
第五に、「地域・業界の仲間との連携」を深めることです。一社では対応できない課題も、連携すれば突破口が開けることがあります。競合他社との協業、業種を超えた地域連携、産学官のネットワークへの参加——こうした「外とのつながり」が、孤立した中小企業を守る最後の砦になり得ます。特に、地域の商工会議所・商工会・業界団体・大学・金融機関との連携は、中小企業単独では難しいDX推進・海外展開・新規事業開発を後押しする力になります。
自治体担当者への提言——「今できることの棚卸し」から始める
自治体の担当者は、予算・制度・議会という制約の中で動かなければなりません。「やりたいことはわかるが、すぐには動けない」という状況は理解できます。しかしだからこそ、「今すぐできること」から手をつける姿勢が重要です。
第一に、「自分の担当業務の中でデジタル化できるものを探す」ことです。大規模なシステム改修を待たなくても、Excelのマクロ化、クラウドストレージの活用、無料のAIツールを使った文書作成の効率化——こうした小さな改善は、予算ゼロでも始められます。担当者一人の工夫が、部署全体の業務改善のきっかけになることは珍しくありません。
第二に、「住民からの問い合わせ・相談のパターンを分析する」ことです。同じ質問が繰り返されている分野には、FAQの整備・チャットボット導入の余地があります。どんな問い合わせが多いかを記録するだけで、改善の方向性が見えてきます。住民の「不便さ」の声を拾い上げ、それを解決するためのDX提案として上に上げていくことが、担当者としての重要な役割です。
第三に、「地元の民間企業・団体との対話の場を作る」ことです。行政が持っていないノウハウやアイデアを、民間は持っていることが多くあります。勉強会・意見交換会・モデル事業の共同提案など、「官民の接点」を増やすことが、地域課題の解決につながります。民間企業にとって、自治体との接点は「仕事の種」を見つける機会でもあり、双方にメリットがあります。
第四に、「上位計画・国の補助制度」を先取りしてキャッチアップすることです。デジタル田園都市国家構想、地方創生推進交付金、DX推進支援事業など、国・県が用意する補助・支援制度は毎年更新されています。担当部署が連携し、使える制度を逃さずに活用する体制が必要です。特に、「申請期限まで知らなかった」という事態を防ぐために、国・県の情報発信を定期的にモニタリングする担当者を明確にしておくことが重要です。
第五に、「長期的な人口動向シミュレーション」を庁内で共有することです。「うちの地域は10年後に人口が何%減るか」「それに伴い税収はどう変わるか」「どの行政サービスが維持困難になるか」——こうした将来予測を、部署横断で共有し、意思決定の基礎にすることが中長期の備えにつながります。「まだ先の話」として先送りにせず、今の判断(施設建設、制度設計、職員採用計画など)に将来の人口動向を反映させることが、財政の持続可能性を高めます。
「危機感」を「行動」に変える組織文化の作り方
経営者も、自治体担当者も、頭ではわかっていても行動できない、という状況に陥りがちです。日常業務の忙しさ、変化への抵抗感、失敗へのリスク回避——これらが「やるべきこと」と「実際の行動」の間にある壁です。
この壁を越えるために有効なのは、「小さく始めて成果を見せる」アプローチです。大きな計画を立てて一気に実行しようとするより、小さな実験を素早く試し、うまくいったことを横展開する。その成功体験が組織内の機運を高め、次の行動につながります。「成功した事例を社内・庁内で発表する機会」を意図的に作ることで、取り組みの見える化と横展開が促されます。
また、「外部の刺激」を積極的に取り入れることも重要です。他社の事例を学ぶ、他の自治体の取り組みを視察する、外部のコンサルタント・専門家に話を聞く——こうした「外との接触」が、組織内に新鮮な問いをもたらし、変化のきっかけになります。補助金を使った先進事例視察、商工会議所・業界団体が開催するセミナーへの参加も、コストをかけずに刺激を得る有効な手段です。
リーダーシップの観点からは、トップが「変化への意欲」を言葉と行動で示し続けることが不可欠です。経営者が「AIを使ってみよう」と自ら試し、その体験を社員に話す。首長が「DXを進める」とコミットし、予算と人員を確保する。トップの姿勢が組織の優先順位を決め、「動いていい」という心理的安全性を生みます。
最終的に重要なのは、「何もしないことのリスク」を正しく認識することです。変化に対応しないことは「現状維持」ではなく、「相対的な後退」を意味します。周囲が変化し、市場が縮む中で同じことを続けることは、着実に競争力を失うことと同義です。67万人という出生数が示す現実は、その「何もしないことのリスク」が今まで以上に大きくなっていることを教えています。
補論 地方創生の再定義——「縮む日本」をどう豊かに保つか
「縮退」を前提にした地域経済の再設計
人口が増え、経済が成長する時代の地域づくりと、人口が減り、経済規模が縮小する時代の地域づくりは、根本的に発想が違います。前者では「どう拡大するか」が問いの中心でしたが、後者では「どう豊かに縮むか」が問いの核心です。
「豊かに縮む」とは、人口や経済規模が小さくなっても、そこに住む人々の生活の質・幸福度・コミュニティのつながりを維持・向上させることです。これは決して負け戦ではありません。規模の縮小を前提に、無駄を省き、強みに集中し、地域の本質的な価値を磨き直す——その先に、小規模でも持続可能で魅力ある地域像が見えてきます。
例えば、人口1万人を切った町でも、地元の農業・林業・観光を核にした産業が成立し、移住者が増え、子どもが育つ地域づくりに成功している事例が全国に点在しています。鳥取県智頭町、岡山県西粟倉村、島根県海士町——これらは規模の小ささを逆手に取り、「ここにしかないもの」を磨き続けることで地域の存続を実現しています。
こうした事例に共通するのは、外部の資本・ノウハウ・人材を積極的に受け入れつつも、地域のアイデンティティと自己決定力を保持しているという点です。「よそ者・若者・バカ者」と言われる変革者の存在と、それを受け入れる地域の開放性が、縮退時代の地域再生の鍵を握っています。
インバウンドと関係人口が地方を変える
少子化が進む中でも、地方に人を呼び込む力として注目されているのが、インバウンド観光客と「関係人口」です。
インバウンドは、円安の追い風もあり、地方への分散が進んでいます。これまで東京・京都・大阪に集中していた外国人旅行者が、各地の伝統文化・自然・食を求めて地方に足を延ばすようになっています。山形・岩手・鹿児島・宮崎など、これまでインバウンドと縁遠かった地域でも、訪日外国人の増加が報告されています。
観光業・宿泊業・飲食業・土産物業を営む地方の中小企業にとって、インバウンド客への対応は大きなビジネス機会です。多言語対応、キャッシュレス決済、文化・体験型コンテンツの整備——これらへの投資は、縮小する国内需要を補う効果があります。自治体としては、観光インフラの整備だけでなく、外国人観光客が安心して過ごせる環境づくり(案内表示の多言語化、医療・緊急時対応など)を進めることが重要です。
関係人口とは、移住でも観光でもない、その地域に繰り返し関わる人々のことです。週末だけ来て農作業を手伝う都市住民、地元企業のプロジェクトにリモートで参加するプロフェッショナル、ふるさと納税と合わせて地域の取り組みを支援するサポーター——こうした「ゆるやかなつながり」を持つ人々の存在は、地域経済・地域コミュニティの底支えになります。
自治体がふるさと納税を活用して地元の産品・体験を発信し、それが関係人口の増加につながるというサイクルを作った事例が増えています。デジタルと地域の組み合わせが、新しい形の地方創生を可能にしつつあります。
「ない」から始めない——地域の強みを棚卸しする
地方の課題を語る際、「若者がいない」「企業がない」「予算がない」という「ない」のリストが並びがちです。しかし、本当に大切なのは「ある」ものを正確に把握することです。
地域の「ある」もの——豊かな自然環境、長い歴史と文化、高品質な農林水産物、職人技術、コミュニティの絆、土地の余裕、そして人々の誠実さ——これらは都市部にはないものです。縮退時代には、この「ある」ものを核に、それを欲する外部とつながることが地域経済の再生の軸になります。
中小企業経営者も、自治体担当者も、「自分たちの地域の強みは何か」を問い直す機会を持ってください。外部の専門家やよそ者の目線を借りることで、「当たり前すぎて見えていなかった価値」が浮かび上がることがあります。その強みを磨き、ブランドとして発信し、適切な市場とつなぐ——その地道なプロセスが、縮退時代の地方経済の活路を開きます。
まとめ——「三重の波」を乗り越えるための視点
本稿で取り上げた少子化の加速・AI代替の進展・海外展開の加速・高齢化ビジネスの拡大は、それぞれが独立したトレンドではなく、日本社会の構造変化という一つの大きな潮流の異なる側面です。
少子化が加速することで、国内市場は縮小し、採用難は深刻化します。それに対応するため、企業は海外市場に活路を求め、AIで労働力不足を補おうとします。一方、人口構造の変化が生む高齢化ビジネスは成長の機会でもあります。自治体は、減り続ける人口と財源の中で住民サービスを維持するために、DXとデータ活用を迫られています。
この「三重の波」を前に、中小企業経営者と自治体担当者が共通して持つべき視点があります。それは、「現状の延長線上に未来を描かない」ということです。67万人という出生数が示す通り、日本社会の変化は推計を超えたペースで進んでいます。これまでの延長線上で事業計画・行政計画を描くことは、すでに意味を失い始めています。
変化の速度が上がれば、それに対応する思考の速度・行動の速度も上げなければなりません。「考えてから動く」ではなく、「動きながら考える」姿勢が、これからの時代の経営者・行政担当者に求められます。完璧な計画を待って動かないより、不完全でも素早く動き、失敗から学んで修正していく。そのサイクルを速く回せる組織が、この激変期を生き残ります。
本稿が、読んでくださった方々にとって、「自分たちの地域・組織で本当に優先すべきことは何か」を問い直すきっかけになれば幸いです。そして、その問いへの答えを、今すぐ一歩でも行動に移すことを強くお勧めします。
【参考情報】
・厚生労働省「人口動態統計(概数)2025年」(2026年6月3日発表)
・国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」(2023年4月公表)
・日本経済新聞「仏壇のはせがわ、サブスク全国展開へ カニバリ覚悟の事業転換」(2026年5月)
・日本経済新聞「スギHD、フィリピンにドラッグストア初出店 PB製品を供給」(2026年5月29日)
・日本経済新聞「実家じまい『ワンストップ代行』広がる 残置物処分も法律関係整理も」(2026年5月27日)
・NHK・共同「自民、憲法改正で合区解消主張、立憲は反対『人口減対策を』」(2026年5月24日)
・ビジネスIT「AI時代の生存戦略——AIがもたらす働く人たちへの影響」(2026年5月26日)
・読売新聞オンライン「2025年の日本人の出生数67万1236人、10年連続で最少更新…想定より15年早く少子化進行」(2026年6月3日)
地方創生に関するおすすめ記事
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中小企業自治体DXニュース編集部です。
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