カスタマーハラスメント(カスハラ)は、顧客による従業員への過度な要求や不適切な行動を指します。具体的には、侮辱的な発言、暴言、過剰なサービスの要求、不当なクレーム、性的な発言や身体的接触、土下座の要求などが含まれます。このような行為は従業員の精神的ストレスを増大させ、労働環境の著しい低下を引き起こします。企業は従業員を保護し、カスハラを未然に防ぐ対策を講じる必要があります。
カスハラに対する法的規制が強化されつつあります。「労働施策総合推進法」が改正され、企業に対してパワーハラスメント(パワハラ)対策を義務付ける規定が設けられました。この改正により、2020年6月1日から大企業に対してパワハラ防止措置が義務付けられ、2022年4月1日からは中小企業にも同様の義務が適用されることになりました。
企業は職場でのハラスメント対策を強化する必要があり、カスハラもその一環として注目されています。
カスタマーハラスメント行為は違法
次のように現行の法律に照らし合わせても、カスタマーハラスメント行為は違法です。
一方で、接客の際にこれらの法律を提示することは難しく、お客様と企業との関係は複雑です。また、顧客のクレームとカスハラを瞬時に見極めるためには、実際に現場に寄り添った対策が必要になります。次の章では企業が実施しているカスハラ対策をご紹介します。
カスハラへの企業の取り組み|7つの事例
カスハラへの取り組み事例をご紹介します(これらは厚生労働省のホームページでも公開されています)。
事例1 運送業|ヤマト運輸
ヤマト運輸では、コールセンターのオペレーターが特定のお客様から繰り返し暴言を含む苦情を受けオペレーターが恐怖で萎縮し、精神的なダメージを受けたことをきっかけにカスハラ対策の取り組みを開始しました。
苦情には、「態度が悪い」「フルネームを教えろ」「お前は向いていない。やめろ」「まだやめていないのか」といった過度に攻撃的な発言が含まれていました。
会社として積極的な取り組みをした結果、一定の効果を得ることができたとしています。具体的な対策は次の通りです。
カスタマーハラスメント対応マニュアルの作成と周知
2020年10月に、カスハラの定義と判断基準、対応マニュアルを弁護士の協力を得て作成しました。このマニュアルには「カスハラ発言リスト」と「文言集」が含まれており、具体的な暴言の例とそれに対する適切な対応手順が記載されています。
研修プログラムの実施
全社員(特にコールセンターのオペレーターや事務職)を対象に、対応マニュアルの内容に基づく研修を行いました。これにより、カスハラ発言を正しく識別し、適切に対応する方法を社員に教育しました。
専用相談窓口の設置
オペレーターがカスハラに遭遇した際に相談できる24時間体制の専用相談窓口を設けました。また、OJTを通じて相談者の判断力向上を図り、誤った判断がなされないようアドバイスも提供しています。
全社での情報共有
カスハラ行為が発生した際は、その情報を全社共有することで、どのコールセンターでも適切な対応ができるようにしています。これには、問題があったお客様の詳細な情報も含まれます。
成果について
取り組みを通じて、社内にカスハラという概念が浸透し、従来は個人の問題として受け止められがちだったクレームに対して、組織として毅然とした対応ができるようになりました。
カスハラに対する意識が社内に広がり、社員がクレームを受ける際の対応が徐々に変わってきています。これまで社員がクレームを個人の責任として受け止めてしまいがちだったのが、カスハラの概念の普及により、そのような事例を組織として正しく扱うようになりました。
カスハラ発言リストや文言集を含む対応マニュアルを作成し、一次対応者がカスハラに遭遇した際の具体的な対処法を明確にした結果、カスハラ発言があった場合に即座に管理者に電話を交代するなど、迅速かつ適切な対応が可能になりました。
専用の相談窓口を設け、社内での研修やオンザジョブトレーニング(OJT)を通じて、対応者のカスハラに関する判断力を向上させました。
また、実際のカスハラ事例に基づいたアドバイスが可能になり、相談者が適切な対応を行えるようサポートできるようになりました。
カスハラ事例が発生した際の詳細を全社的に共有したことで、どのコールセンターでも適切な対応ができるようになり、社員が個別に対応策を考える必要が減り、統一された対応が可能となりました。
全社での取り組みにより、社内でのカスハラ対策の認識が向上し、具体的な改善が見られたと報告されています。
事例2 IT・サービス業|フリー株式会社
ITで会計ソフトなどをサービスを提供するフリー株式会社では、カスハラの具体的な事例として、サポートデスクの従業員が「お前殺すぞ、こら」「なめてんじゃねーぞ」という脅迫的な言葉を含む長時間のクレームにさらされたケースが挙げられています。これが、カスハラ対策プロジェクトを立ち上げるきっかけとなりました。フリー株式会社ではカスハラの認識を深め、対応策を強化することで、従業員が安全かつ安心して働ける環境を整えることを目指しています。対策は次の通りです。
アンケート調査とデータ収集
まず、従業員がどのようなカスハラに遭遇しているかを把握するために、社内でカスタマーハラスメント被害の実態に関するアンケート調査とデータ収集を行いました。
法律的な知識の習得
厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を参考にし、カスハラや法律に関する専門知識を身につけることを目指しました。
カスタマーハラスメント専門チームの設立
サポートデスクのメンバーと法務部、直属の上司を含む5名で構成される専門チームを立ち上げ、実際の問題に対処しました。
カスタマーハラスメント対応用ガイドラインの作成と周知
全従業員向けに、カスハラの定義や対応基準を明確にしたガイドラインを作成し、社内で広く周知しました。
対象となる行為の公開
公式ウェブサイトで「カスタマーハラスメントに対する考え方」を公開し、対象となる行為や社内外での対応策を明確にしました。
社外対応の明確化
カスハラに該当すると判断した場合のサービス提供拒否の可能性を社外にも明示しました。
従業員のケアと教育
カスハラ被害者のケアや、適切な対応に向けた外部専門機関への相談を含む様々な教育プログラムを実施しました。
成果について
カスハラ対策には明確な効果がありました。具体的には以下のような成果が挙げられます。
社内からは、取り組みを進めたことで、お客様対応をしている従業員から、自分自身がハラスメントを受けるかどうかにかかわらず、安心感につながるという声が寄せられました。従業員が安心して働ける環境が整ったことは、業務の質の向上にも寄与しています。
カスハラへの取り組みにより、外部のカンファレンス等でカスハラに関するパネラーとして登壇する機会を得たことが、同様の問題を抱える他の企業との意見交換や、新たなネットワーキングの機会につながりました。他社の対応例を学び、自社の対策をさらに改善する参考にもなっています。
また、実際に製品を使用しているお客様からは、本取り組みについて賛同の言葉をいただくなど、顧客からのポジティブなフィードバックがありました。これは、会社のイメージ向上や顧客ロイヤルティの強化に繋がっています。
これらの反応は、カスハラ対策が従業員だけでなく、企業全体にとっても有益であることを示しており、その取り組みが社内外にポジティブな影響を与えていることが伺えます。
事例3 医療・福祉|A病院
医療機関ではカスハラに該当するのが、患者によるハラスメントという意味のペイシェントハラスメントでペイハラと呼ばれています。
A病院では患者やその家族からのクレームや迷惑行為が多数発生しており、これにはペイハラと医療提供側の接遇問題や説明不足が原因でクレームが発生している事例が含まれていると考えられていました。そのため以下の取り組みを実施しました。
ペイハラ対応方針の公開
ペイハラに対する対応方針を公開し、これを医療機関のHP上でアクセス可能にしています。
患者相談室の設立
患者と従業員の両方が利用できる相談室を設け、ペイハラの相談に対応しています。
情報収集と共有
相談内容に基づく情報の収集と共有を行い、週一回の巡回と現場ヒアリングを通じて、現場の実情を把握します。
事実確認とハラスメント判断
ペイハラに該当するかどうかの事実確認を行い、医療者と患者双方から情報を集めて判断します。
院外への情報発信
他の医療機関とペイハラ情報の交換を進め、外部に対しても積極的に情報を発信しています。
研修と教育の実施
医療提供者向けのクレーム対応研修や接遇教育を実施しています。
成果について
患者相談室と現場の管理者間での情報共有が増え、相談が増えたことで問題解決がスムーズに行えるようになりました。
定期的な巡回とヒアリングを通じて、現場とのコミュニケーションが改善され、患者との接触点でのトラブルを減らすことができました。
外部医療機関との情報交換が活発になり、ペイハラ対応のネットワークが広がっています。
この取り組みによって、患者相談室の役割が拡大し、ペイハラに対する院内の対応が体系的で効果的になったと報告されています。また、ペイハラ対策によって、患者からのフィードバックとの線引きがされ本来すべき医療提供側のサービス品質の改善ができ、クレーム自体を減らすことが可能になりました。
事例4 小売業|株式会社イトーヨーカ堂
イトーヨーカ堂では、新型コロナウイルスの感染拡大や消費者意識の高まりなど社会的な背景があり、悪質なクレームが増加していると考えています。
具体的な事例としては、お客様から不当な要求や過度に強い態度で接客スタッフへプレッシャーをかける行動があります。これにより従業員の安全や生産性が脅かされています。そこで、カスハラに対して次の対策を講じました。
マニュアルの整備
UAゼンセンのガイドラインや厚生労働省のカスハラ対策企業マニュアルに基づき、悪質クレームの定義と対応方法を定めたマニュアルを全店舗に配布し、状況に応じた対応を明文化しました。
現場の対応力の育成
マニュアルに頼らず、現場で柔軟に対応できるよう、従業員への研修を実施。階層別に異なる研修プログラムを提供し、対応力を向上させています。
警察との連携
刑法に抵触する可能性のある行為には警察と連携し、問題のある顧客に対しては出入禁止の通告も行う体制を整えています。
成果について
ガイドラインに基づく明確な対応方針により、店舗や本社が連携して迅速に対応できるようになりました。これにより、従業員は「会社の方針です」と明確に顧客に伝えることが可能になり、トラブルの早期解決に繋がっています。
従業員は会社が彼らを支持し、保護してくれると感じることで安心感が増し、より専念できる環境が整いました。
グループ各社で定期的に「悪質クレーム」に関する情報交換会を開催し、対策や経験を共有。これによりグループ全体でのカスハラへの意識が高まり、より効果的な対策が講じられるようになりました。
悪質なクレームに対して組織全体として対応を強化することで、従業員を守りつつ、業務の効率化と生産性の向上に繋がっています。
事例5 小売業|イオン同友店会
お客様からの過度の要求や不適切な態度により、ショッピングセンターで働く従業員が困難な状況に直面していることを背景に、イオン同友店会では以下のカスハラ対策を実施しています。
カスハラ研修動画の導入
従業員のカスハラへの理解を深める目的で、カスハラの定義、初期対応フロー、ロールプレイング演習を含む研修動画を作成し導入しています。これらの動画は、法律的な観点からのアドバイスを含め、ユーザビリティに特化して制作されています。
ロールプレイングと習熟度テストの実施
研修動画視聴後、従業員の理解度を確認するためにロールプレイングや習熟度テストを行っています。これにより、実際の対応能力を向上させています。
成果について
研修動画を通じて、従業員のカスハラに対する理解が深まっており、会員からは動画の内容が分かりやすいとの評価を受けています。
従業員はカスハラ発生時の適切な対応方法を学び、毅然とした態度で対応できるようになっています。これにより、従業員が安心して働ける職場環境が促進されています。
また新たな試みとして、飲食店の現場で実際に発生している事案を基にした新しい研修動画の作成を計画しており、さらにカスハラへの対応力を強化することを目指しています。
このように、イオン同友店会は継続的な教育と従業員の保護を通じて、カスハラ対策を強化し、ショッピングセンターでのサービス品質と従業員満足度の向上を図っています。
事例6 運送事業|日本航空株式会社
航空業界においても、一部のお客様から合理的な範囲を超えた言動や要求が繰り返されることが問題とされています。これには暴行、セクハラ、暴言、侮辱、長時間の拘束、虚偽の発言などが含まれ、従業員の精神的、肉体的疲労を引き起こし、生産性の低下につながっていました。これに対して日本航空株式会社は以下の対策を実施しています。
カスハラ対応のマニュアル策定
全社的なアンケートを実施し、カスハラの実態を把握。厚生労働省のガイドラインに基づき、自社のカスハラ判断基準と対応マニュアルを作成。複数部門や外部の弁護士の意見を取り入れながら、社内規程を策定しました。
教育と研修の実施
従業員にカスハラ対応のノウハウを伝えるための研修を実施。管理職向けのグループワークを通じて、具体的な事例や適切な心構え、お客様への対応方法を教育しました。
効果について
従業員がカスハラを受けた際の対応方法を明確にすることで、職場の安心感と働きやすさが向上。従業員が自分の感じた不快感を表現できるようになり、その結果、客も自己の行動を反省するケースが増えました。
サービス品質の維持と向上
カスハラに対する明確な対応方針が従業員を支援し、結果的にサービス品質の向上に貢献。従業員がカスハラに効果的に対処できるようになることで、顧客満足度が向上しました。
業界全体の取り組みの進展
行政の指針や業界団体を通じた情報交換がカスハラ対策の推進力となっており、今後も行政の動向に注目し、他業界との連携を深めることでカスハラ対策をさらに進める計画です。
事例7 飲食・サービス業|タリーズコーヒージャパン株式会社
発端は、店舗スタッフがネームプレートの名前を基にSNSで検索され、その結果、つきまとわれるというトラブルが発生したことです。この問題は店舗からエリア営業担当者を通じて本社のお客様相談室に報告され、通常の顧客対応の枠組みを超えるものと判断されました。重大な問題として会社では以下の対策がとられました。
ネームプレートの変更
スタッフの名前をフルネームからイニシャル表記に変更することで、個人の特定が難しくなるよう対応しました。この変更は他業界の事例や従業員からの提案を元に検討され、最終的に取締役の承認を得て正式に採用されました。
レシート情報の変更
レシートに記載されるレジ担当者の名前を社員番号で表示することにより、外部に個人情報が漏れることを防ぎ、同様のトラブルを防止しました。
悪質なクレーム対応のフローの整備
悪質なクレームが発生した際は、お客様相談室が対象となった店舗とエリア営業担当者との連携をとり、迅速に対応を行います。対応方法はケースバイケースで検討し、必要に応じて書面での通知も行います。
効果について
ネームプレートとレシート情報の変更により、従業員の個人情報の保護が強化され、つきまとい行為が大幅に減少しました。これにより、従業員から安心して働けるという声が多く寄せられています。
特に学生アルバイトが多い背景を持つ企業として、スタッフの家族からも「子どもを安心して働かせられる」という評価を得ており、社外からの信頼も向上しています。
店舗とエリア営業担当者間の良好なコミュニケーションが、迅速な問題解決に寄与しています。
この取り組みにより、顧客からの不当な要求に対する毅然とした対応が可能になり、従業員が安全に働ける環境が確保されたことで、全体的なサービス品質の向上にもつながっています。
カスハラと正当なクレームの違いは?
サービス業で働く人の約46%がカスハラの被害に遭っていて、客からの著しい迷惑行為を経験していることが、2024年のUAゼンセンの調査で明らかになりました。
厚生労働省は『カスタマーハラスメント対策企業マニュアル』の中でカスハラを以下のように定義しています。
企業や自治体ではカスハラの対策に取り組みつつも、何が正当なクレームで何がカスハラに該当するかの線引きに悩んでおり、対応が難しいとの声も上がっています。
カスハラを予防するための従業員研修の重要性が認識され、消費者教育も求められています。ただし、カスハラの判断は一様に困難であり、特に企業側にも原因がある場合の対応は特に難しいとされています。
カスハラに対する法的な線引きや対応の難しさがあり、一方で消費者も自分の行動がカスハラにあたるかどうかについて悩んでいます。
カスハラと正当なクレームを区別するのは難しい場合が多いですが、いくつかの基準を用いることで、適切な対応を行うことが可能です。基準となるポイントをご紹介します。
要求の合理性
- 正当なクレーム:製品やサービスの実際の不具合や問題に基づく具体的で合理的な要求。
- カスハラ:合理的な範囲を超えた過剰な要求や、理由のない返品、無料サービスの強要など。
言動の内容
- 正当なクレーム:礼儀正しく、事実に基づいた指摘。
- カスハラ:侮辱、暴言、脅迫、身体的な威嚇を含む言動。
繰り返し行われるかどうか
- 正当なクレーム:問題が解決するまでの適切なフォローアップ。
- カスハラ:同じ問題に対して繰り返し不当なクレームを行う、または改善後も不満を継続する。
影響の範囲
- 正当なクレーム:問題が解決すれば終了する。
- カスハラ:従業員の心理的、物理的健康を害する可能性がある。
解決の可否
- 正当なクレーム:話し合いや説明で理解が深まり、解決に向かう。
- カスハラ:説明や解決策を提示しても納得せず、さらに非難を繰り返す。
これらの基準を用いても、場合によっては明確な線引きが難しいこともあります。そのため、従業員教育を通じて適切な対応スキルを身につけさせ、状況に応じて適切に対応できるよう支援することが重要です。また、法的な指針や企業の内部ポリシーに基づいた対応が求められます。
カスハラ対策は企業にとってメリットが多い
カスハラ対策を実施することには、企業にとって多くのメリットがあります。以下に主な利点を挙げます。
◇カスハラに対する明確な対策と支援があることで、従業員は自分たちが守られていると感じ、職場の士気が向上します。これにより、離職率の低下や勤務意欲の向上が見込めます。
◇従業員がカスハラから保護されていると感じることで、心理的な安全感が高まり、その結果として生産性が向上します。安心して働ける環境は、クリエイティビティや効率の向上を促します。
◇カスハラに対して積極的に取り組んでいる企業は、社会的責任を果たしていると評価されやすく、顧客や投資家からの信頼が得やすくなります。これはブランド価値の向上につながります。
◇効果的なカスハラ対策を講じることで、法的な訴訟や罰金のリスクを減らすことができます。これは、長期的に見てコスト削減にも繋がります。
◇安全で快適な職場環境は、優秀な人材を引きつける要因の一つです。また、既存の従業員が職場に満足していれば、その経験とスキルが長く企業内に留まることになります。
◇従業員が安心して働いている環境は、間接的に顧客サービスの質の向上につながります。満足した従業員からは、顧客への積極的で親切な対応が期待できます。
◇カスハラ対策をリードすることで、業界内での評判を築き、他社に模範を示すことができます。これは、業界全体の標準を高める効果があり、社会的な影響力も拡大します。
カスハラ対策を行うことは、単にリスク管理としての側面だけでなく、企業の内外に対して多くの肯定的な影響を与えるため、非常に重要といえます。
カスハラ対策をしないと企業が責任をわれる場合も
従業員への安全配慮義務は、労働契約法によって明確に定められています。具体的には、労働契約法第五条に「使用者は、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と記載されています。(引用:厚生労働省 労働契約法のあらまし)
この法律は、労働者が安全な環境で働けるよう、企業に対して適切な安全対策を講じることを義務付けています。このため、カスハラといった職場での精神的、身体的な危害を未然に防ぐための対策が十分でない場合、企業はこの法的義務に違反していると見なされる可能性があります。企業が責任を問われるケースも発生するため、カスハラ対策はただの配慮以上に、法的責任を果たすためにも極めて重要といえます。
業界で統一的な対応|9つの行為をカスハラと定義
ANA(全日空)とJAL(日本航空)は、共同で「カスタマーハラスメント(カスハラ)に対する方針」を策定し、記者発表会で発表しました。この方針は、顧客が優越的な立場を利用して不法行為や不当行為をすることで従業員の就業環境を害する行為をカスハラと定義し、業界全体で統一的な対応を目指すものです。具体的な以下の9つの行為をカスハラ行為として明確に定義し、現場が迷わずカスハラ対応ができるようにしました。
1.暴言、大声、侮辱、差別発言、誹謗中傷など
2.脅威を感じさせる言動
3.過剰な要求
4.暴行
5.業務に支障を及ぼす行為(長時間拘束、複数回のクレームなど)
6.業務スペースへの立ち入り
7.社員を欺く行為※明らかに事実と異なる言動をするなど
8.会社・社員の信用を棄損させる行為(SNS投稿など)
- セクシャルハラスメント(盗撮、わいせつ行為・発言、つきまといなど)
この共同方針により、現場での判断が容易になり、適切な対応がスムーズに行えるようになることが期待されています。また、両社はこの取り組みを通じて業界全体のカスハラ問題に対処し、航空業界の職場環境の改善を図ることを目指しています。
まとめ:事例から学ぶ企業の実践
ヤマト運輸やフリー株式会社など、カスハラに積極的に取り組んでいる企業は、カスハラ対策マニュアルの作成、研修の実施、相談窓口の設置など、具体的な対策を講じています。これらの取り組みは、社内のカスハラに対する意識を高め、従業員が適切に対応できるよう支援しています。また、これらの対策は、従業員だけでなく、顧客に対しても明確なポリシーを示すことで、企業文化の改善と業務の効率化に寄与しています。
まずは厚生労働省のカスハラ対策マニュアルを参考に正確な知識を持ち、組織の重要課題としてカスハラ対策をしていくことが大切です。
カスハラに対策することは、従業員が業務に集中することに繋がります。会社または業界でカスハラ行為を明確に定義し、カスハラを許さないという姿勢を提示することで、従業員が毅然とした態度で理不尽なクレームに対して立ち向かうことができます。
また企業がこの問題に適切に対応することは、従業員の保護だけでなく、企業の社会的責任とブランドイメージの維持にも直結しています。法的要件の遵守とともに、企業文化の改革が求められる中で、各企業はカスハラ対策を通じてより健全な職場環境を目指すべきといえます。
厚労省のカスハラ対策企業マニュアルはこちらからダウンロードできます。→2022年 2月 カスタマーハラスメント対策企業マニュアル作成事業検討委員会
※参考文献
悪質クレームの定義とその対応に関するガイドライン│UAゼンセン
カスハラと正当なクレームの違いは?JR東日本など対応事例 現場では“線引き難しい”との声も | NHK
「土下座しろ!」「謝罪に来い!」ANAとJAL、カスハラ行為にNOを表明