移民問題は現代社会において重要な課題となっています。各国で異なる対策が講じられている中、世界の動向を知ることは不可欠です。本記事では、移民問題の現状と各国の対応について述べたいと思います。
アメリカ|不法移民の急増
アメリカでは移民問題として不法入国者の急増が取り上げられます。2023年度には、米国南部のメキシコ国境で遭遇した不法入国者数が205万人に達し、これは歴史的な高水準であり、前年度の221万人からは若干の減少を見せていますが、依然として200万人を超える高い数値を記録しています。この状況は、移民問題がアメリカの政治や社会に与える影響の深刻さを示しています。
多くの不法入国者は亡命を希望していますが、亡命の申請基準を満たしていない場合、国外追放されることになります。一方で、米国内に釈放される者も多く、これらの人々は移民裁判所での審理を待つ状態にあります。この「キャッチ・アンド・リリース」と呼ばれる政策は、不法入国者の増加に拍車をかけているとも言えます。
さらに、米議会予算局はバイデン政権下の4年間で純流入数が730万人に達すると試算しています。これに対し、トランプ政権時代の4年間はほぼ変動がなかったことを考えると、政権による移民政策の違いが明確に影響を及ぼしています。
主な要因としては、中南米諸国の経済的苦境や治安の悪化が挙げられています。これにより、経済的に苦しむ人々や安全を求める人々がアメリカに流入しています。また、アメリカの経済状況が良好であることも、移民にとって魅力的な要素となっています。
政策面では、バイデン政権は比較的移民に寛容な姿勢を取りながらも、一部のトランプ政権時代の政策を再開するなどして国増対策を強化しています。
移民政策は2024年の大統領選の重要な議題となっており、共和党支持者は厳格な対策を求める一方で、民主党支持者はより人道的なアプローチを支持しているという意見の相違があります。
全体として、アメリカの移民政策は2024年の選挙後に大きな変化を迎える可能性があり、採用される政策は、人道的ニーズと安全保障の懸念の両方を解決する必要があります。
ドイツ|揺れる移民政策
ドイツは近年、移民・難民の流入に揺れてきました。シリア内戦が激化した2015~16年には120万人以上が押し寄せ、その後も中東の政情不安やロシアのウクライナ侵攻などによって流入が続いています。ここではドイツの移民問題の動向を探ります。
移民と難民に対する国民の不満が増加
ドイツでは、移民と難民に対する国民の不満が増加しており、その背景には数々の要因があります。特に注目されるのは、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の躍進です。この政党は移民と難民に厳しい姿勢をとり、2023年には複数の地方自治体でAfDの首長が誕生しました。さらに、国内での支持率も高まっており、一部では第2位の支持率を記録しています。
この動きは、2015年から2016年にかけてのシリア内戦やその後の中東の政情不安、ロシアのウクライナ侵攻などによる移民・難民の流入が背景にあります。ドイツ国内では、この移民流入に対する危機感が高まり、連邦議会で迅速な対応が求められています。
しかし、AfDの台頭には警戒感も強まっています。その理由の一つとして、この党の一部メンバーが過去にナチ・スローガンを使用したり、反民主主義的な姿勢を見せたりしているためです。また、イスラム教徒への敵視など、排外主義的な主張も問題視されています。これらの動きは、連邦憲法擁護庁によってAfDのいくつかの州支部が「極右団体」と認定される原因となっています。
対立する他の政党、特に中道右派のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は、AfDとの連立を拒否するなど、AfDへの警戒感を隠さない態度を取っています。地方選挙や連邦議会選を控え、各党は移民政策をめぐって右傾化する動きを見せていますが、AfDの論理に乗るべきではないとの警告もなされています。
社会的な分断を防ぎ、民主的な価値を守るために、どのようにこれらの課題に取り組むべきか、今後の選挙結果が重要な意味を持つことでしょう。
移民や難民の大規模な流入に対するドイツの対応
国内外からの移民や難民の大規模な流入に対応したのがアンゲラ・メルケル元首相の難民受け入れ政策でした。この政策は、2015年に中東やアフリカからの大量の難民を受け入れる決定を下し、それ以降ドイツは100万人以上の難民を受け入れています。しかし、この政策は後に政治的な失策と見なされ、反移民感情の高まりとともに、上述した極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が支持を伸ばし、ドイツの政治状況に大きな変化をもたらしました。
メルケル首相の政策は人道的な理由から始まりましたが、それには彼女の個人的な経験も影響していたともされています。特に、東ドイツ出身としての背景から、過去に自らが経験した亡命者としての共感が動機の一部となっていたとも云われています。また、当時のドイツ国民の間には、「新しいドイツ」を形成し、国際的な危機に対して責任を果たすという強い意志もありました。
しかし、難民受け入れ政策は短期間でその限界に直面し、ドイツ国内での社会的・経済的な課題を引き起こしました。特に、労働市場への統合、社会福祉への負担、公共の安全に対する懸念が高まりました。これらの問題は、AfDのような政党に支持を集める土壌を提供し、反移民の政策を推進することにつながりました。
ドイツの例は、移民と難民の受け入れが如何に複雑で多面的な問題であるかを示しています。人道的な対応と国内の政治的・社会的現実とのバランスを取ることの難しさを浮き彫りにしています。また、移民問題は国内政策だけでなく国際政治にも大きな影響を与えており、EU全体の対応と連携が今後ますます重要になるでしょう。
スウェーデン|財政負担と治安の悪化で寛容から右傾化
スウェーデンは移民に寛容で定住や就労支援に力を入れてきたことで知られています。特に2015年には、シリア、イラク、アフガニスタンなどからの難民を大量に受け入れました。これは、人道的見地からの受け入れであり、国際的な責任として位置づけられていました。
しかし、大規模な難民受け入れは、財政負担の増大と治安の悪化を引き起こしました。移民受け入れによりスウェーデンの治安は特に悪化し、犯罪率が上昇しました。ここ数年、この国は犯罪の急増に頭を抱えています。スウェーデン国家犯罪防止評議会の報告書によれば、この国では過去20年で銃による殺傷事件の発生率がヨーロッパ最低レベルから最高レベルに増え、今ではイタリアや東ヨーロッパ諸国より高くなっています。
また、若年層の難民に対する社会統合の難しさや、社会における受け入れ体制の限界が露呈しました。経済的支援を受けている難民に対しては、高校卒業資格の取得や就労を奨励する政策が取られましたが、完全には成功していないとの指摘もあります。
政治的には、右傾化の動きが見られるようになりました。これは、難民受け入れに対する国民の不満が高まったこと、及び移民政策に対する批判が増えた結果です。与党である社会民主労働党は、移民政策を見直し、より厳格な対応を求める声が高まりました。これにより、かつては非常に寛容だったスウェーデン社会が、移民と難民に対して厳しい政策をとるように変わりつつあります。
また、スウェーデン国内では、移民第二世代の中にギャング団が形成され、犯罪に手を染めるケースも増えています。クルド系経済学者のティノ・サナンダジは著書で、「長期服役者の53%、失業者の58%が外国生まれで、国家の福祉予算の65%を受給しているのも外国生まれの人々」だと指摘しています。さらに「スウェーデンの子供の貧困の77%は外国にルーツを持つ世帯に起因し、公共の場での銃撃事件の容疑者の90%は移民系」だといわれています。これは社会の安定と直結する問題であり、政府はこれに対応するために警察官の増員や刑務所の増設など、治安強化に乗り出しています。
スウェーデンの移民問題は、寛容な受け入れ方針と社会的現実との間の緊張関係を浮き彫りにしており、今後の政策においても大きな課題となりそうです。
各国で急増する移民が招く懸念事項
移民の増加は次のような懸念事項を引き起こします。
■社会的緊張の増加
移民と地元住民との間に文化的・宗教的な違いが存在する場合、これが摩擦や誤解を引き起こすことがあります。また、言語の違いもコミュニケーションの障壁となり得ます。また、経済的困難や社会的疎外感が犯罪行為に結びつくことがあり、一部では治安の悪化も懸念されています。
■公共サービスへの負荷
教育、医療、交通などの公共インフラやサービスへの需要が急増すると、これらのサービスの質やアクセスが低下する可能性があります。特に急激な人口増加が予測される地域では、計画的なインフラ整備が求められます。
■労働市場への影響
移民が低賃金で働くことを受け入れる場合、地元の労働者との間で賃金の低下や雇用機会の競争が激化することが懸念されます。これは特に低技能労働市場で顕著になることがあります。
■経済的負担の増加
移民を支援するための初期の経済的支援が必要となる場合があり、教育や健康、住宅支援などに公的資金が投じられることがあります。これが税収に対する圧力となることがあります。
■アイデンティティの問題
長期的には、国家や地域コミュニティのアイデンティティに影響を与えることも懸念されます。多様な背景を持つ人々が増えることで、共有された価値観や文化の変化が起こる可能性があります。
これらの懸念に対処するためには、適切な政策の策定、公正なリソースの配分、文化間交流の促進などが重要です。移民と受け入れ国双方にとって有益な結果を生み出すために、包括的かつ戦略的なアプローチが求められます。
人道から保守へ:移民政策の転換点
アメリカ、ドイツ、スウェーデンなど、移民が急増している国々は初め、人道的立場から寛容な受け入れを行っていました。しかし、爆発的な数の移民が流入したことで、財政負担と治安の悪化が生じ、これまで移民政策に寛容だった国々が右傾化する傾向にあります。
移民政策が極右政権の誕生のきっかけとならないよう、移民排除の動きに転じないよう、各国は知恵を絞って対応しています。
一方で、2024年6月9日に欧州議会(EU議会、EU加盟国で選ばれた議員で構成される議会)の選挙が行われ、親EU派が過半数確保ではあるものの、「反EU」や「反移民」を掲げる極右・右派が計146議席程度を獲得するものとみられ勢力を拡大しました。
※参考文献
『バイデン政権下で流入する730万人の不法移民 | 第一生命経済研究所』
『流入続く移民・難民「もううんざり」 ドイツで反移民掲げる極右政党が台頭 』
『ドイツを悩ます難民積極受け入れのジレンマ』
『多数の難民を受け入れたスウェーデンが思い知った「寛容さの限界」』