人的資本経営と採用の変化(畑圭一郎氏へのインタビュー)

人的資本経営と採用の変化(畑圭一郎氏へのインタビュー)

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日本において、人的資本経営の重要性がますます強調される中、このトレンドが今後の組織作りや採用戦略にどのような影響を与えるかについて、STORY plusの代表である畑氏にインサイトを伺いました。

畑圭一郎氏
株式会社STORY plus代表取締役社長
プロフィール:
1981年、京都府生まれ。中京大学体育学部卒業後、株式会社三越(現三越伊勢丹)に入社。
2008年に人材開発・組織開発のコンサルティング会社へ転職。信頼関係、顧客視点、丁寧なコンサルティングをモットーに、クライアントの組織課題解決に貢献。経営幹部向けの「自想の会」を主宰し、コミュニティ形成にも注力。
2013年にエグゼクティブサーチ会社に入社し、事業本部長として幹部採用、転職支援、幹部教育を担当。
クライアントからは「頭の中が整理できる」「親身に聞いてくれる」「一言一句から”想い”が伝わる」と高い信頼を受ける。
2020年3月に株式会社STORY plusを設立し、代表取締役に就任。
これまでお会いした経営者・ビジネスリーダーは約5,000名。
座右の銘は「順境には謙虚、逆境には忍耐」・「感即動」・「常に挑戦」

 

STORY plusについて

ーーそれでは、初めに、貴社について簡単にご説明いただけますか?

畑圭一郎氏(以下、敬称略):弊社はコロナ禍の2020年3月に設立しました。現在、私たちはエグゼクティブサーチ事業を軸に、採用コンサルティング事業、組織開発事業などを手掛けています。

他に、シニア女性を対象としたらくちんリズム運動事業(以下、「らくリズ運動事業」)を展開しています。来春には、ベースボール・ヒューマンアカデミーという新規事業も立ち上げる予定です。

経営理念:「全ての人のWell-beingを創造する」

私たちがこれらの事業を手掛けている理由は、事業を通じて、「全ての人のWell-beingを創造する」という経営理念に基づいています。私は、一人ひとりもっと豊かな人生を歩めると良いと考えています。

大人になると、多くの人が社会の常識やパラダイムに縛られ、自分の本当の「想い」に蓋をして生きてしまっていることがあります。その結果、心から幸せな人生を送っていると言い切れる大人は意外と少ないのではないかというのが、私の問題意識です。この問題に対して、事業を通じて解決することに貢献できればと考えています。これが、私たちSTORY plusのビジネスの根幹を成しています。

STORY plusでは幸せになるために5つの因子が必要だと考えています。

1つ目は、幸せに生きるためのものの見方や考え方を一人ひとりが身につけていることです。幸せかどうかは他人が決めるものではなく、本人が決めるものです。

そのように考えると本質的には一人ひとりのものの捉え方や考え方が重要であることが分かります。

2つ目は、幸せの出発点である自分の想いを持つことです。

自分のしたいことやなりたい姿・ありたい姿を持つこと。いたってシンプルですが、先ほども述べたように、この当たり前のことが現代社会では難しくなってきています。大人になっても子どもの時のように自分の想いをもっと持ってもいいのではないかと考えています。

3つ目は、その想いを実現するための能力と仲間を持つことです。大きな事を実現しようとすると自分一人の力では実現が難しくなるため、それを共に実現してくれる仲間が必要です。

4つ目は、想いを実現するためのエネルギー補給(高める・補う)の場をもつことです。

人生は山あり谷ありです。良い時は突っ走ればよいですが、辛い時に、日々の活動で消耗したエネルギーを補給する「ガソリンスタンド」のような場所や空間があると人は頑張れます。こういう場所を持っておくことが大切です。

5つ目は、「Well-being」に生きることに影響を及ぼす環境を整えることです。

幸せかどうか本人が決めると究極的なことを申し上げましたが、やはり人間は環境に影響を受けます。その大きな要素が「お金・健康・仕事・家族・コミュニティ」だと考えています。

お金がない状態で幸せを感じること、健康でない状態で幸せを感じること、また、自分に合わない職場での幸せなど、これらは非常に難しい課題です。私たちが一人ひとりに対して直接的に環境を作ることはそう多くは出来ませんが、人材紹介を通じて適切な職場を提供することはそのうちの一つだと考えています。

お金や健康、家族に関しても、私たちが直接提供することはできませんが、お金や健康、家族と人生の豊かさがどういう関係性になっているのかなどの学びの場を提供することはできます。

現在はエグゼクティブサーチを軸にまずは、適正な企業に適切な人材を紹介する事業をしておりますが、徐々に組織を拡大していき、「らくリズ運動事業(以下、らくちんリズム運動事業)」などを皮切りに、事業の多角化を進めていくことを考えています。

人材紹介事業:エグゼクティブサーチについて

ーー次に、貴社の主要事業であるエグゼクティブサーチに関してお伺いします。主にCXOレベル、つまり最高経営責任者レベルの人材を対象にしているのですか?

畑:その通りです。私たちの主な対象層は経営職、つまりCXOレベルの方々やそれに準ずる方々です。私たちの理念に基づけば、階層は問いませんが、ビジネスの観点から言うと、メンバークラスの採用は数の論理が働きます。私たちが得意とするマッチングの精度や質の高さを担保するためには、上層部の採用に焦点を当てるのが適切です。そこで、組織に影響力があり、私たちの強みを発揮できる高位の採用を主に行っています。

加えて、私たちのカウンターパートは、大体8割から9割が経営者や取締役の方々です。彼らとの会話の中で、新しい事業を立ち上げるための組織構築がテーマになることが多いですね。事業責任者の採用はもちろん重要ですが、メンバークラスの人材も必要です。そのため、時には一貫した採用の依頼を受けることもありますが、通常はメンバークラスの人材については対象としていません。

その他の事業:「らくリズ運動事業(らくちんリズム運動事業)」等

ーー貴社が手掛けるその他の事業について伺いたいと思います。「らくリズ運動事業」について、具体的に教えていただけますか?

畑:この事業は、先ほど触れた「一人でも多くの幸せな人を増やしたい」という想いから生まれました。事業はシニア女性を対象に参加者の生徒さんが青春時代に聴いていたソウルミュージックや歌謡曲を用い、「らくちん・かんたん」なリズム運動を楽しい先生と一緒にします。

今のシニア女性はまだまだ心身ともにお元気でエネルギーに満ち溢れています。しかし、実態は起床して、朝食後にワイドショーを観て、夕方にスーパーに行って夕飯の支度をして、気づけば一日中誰とも話をせずに1日を終えてしまう、なんてことがあるように年齢と共に社会との接点が少なくなるケースが多くみられます。らくリズ運動はそのような方に社会との接点をつくり、もう一度、心がキラキラ輝く瞬間を提供できればと考えています。

ーーそれは面白い事業ですね。人材ビジネスとは異なるアプローチですね。

畑:確かにそうです。私たちは自分たちの会社を単なる人材会社とは考えておらず、より幸せな人を増やすことを目的としたWell-beingクリエイティブカンパニーであると考えています。そういう理念のもと、人材ビジネスだけに留まらず、様々な事業を展開しています。

「らくリズ運動事業」については、昨年10月からスタートし、現在は約50名定員に達しています。このプログラムは非常に好評で、参加者からは生きがいを感じているという声を多く頂戴しています。

人的資本経営への洞察:現状と採用戦略

ーー人的資本経営に関して、貴社の取引先での関心はどの程度ですか?

畑:実際、お客様との会話の中でこの話題が頻繁に出てきます。このテーマは最近、多くの場で議論されており、現代のビジネスニーズに強く合致していると感じています。

日本では、経済産業省と一橋大学の伊藤名誉教授の研究会により関心が高まり、特に2021年には上場企業のコーポレートガバナンス・コードで取り上げられ、メディアの注目を集めました。

この概念は、企業価値を高めるために、人材を資本として捉え、経営戦略と人材戦略を結びつけるものです。

個人の価値観の変化も顕著で、人的資本経営を目指す場合、採用の段階からアプローチを変える必要があります。理論は理解されていても、実際の経営に組み込むには乗り越えないといけない課題がいくつかあります。

ーー人的資本経営は、SDGsや特にESGの観点と結びつけて重視されるべきとの認識が広がっています。お客様の中には、この観点から積極的に人的資本経営を推進しようとする意識はあるのでしょうか?

畑:この点に関しては、正直なところ本音と建前が混在していると捉えています。実際に、多くの上場企業は、外部に向けて人的資本経営を意識し、戦略を進めることが重要だと発信していますし、具体的に考えています。そのため、このテーマに関する言及は頻繁にあります。

しかし、実際には、その実践は容易なことではありません。

従来の「従業員」という概念は、労働法や就業規則に基づいていましたが、デジタル技術の進化による情報のオープン化が、個人と企業の関係性を変化させています。このため、人的資本経営を進める際には様々な矛盾が生じていると感じます。

究極的なことを申し上げると、労働法自体の変更が必要だと考えています。

人的資本経営では人材戦略が実行されるプロセスの中で、組織や個人の行動変容を促し、企業文化として定着しているかと述べられていますが、企業文化への適応、組織変革、人材の意識改革など実際に個人の価値観を短期的に変えるのは難しいため、この点で、私は現在の矛盾を強く感じています。

採用戦略:企業価値観と合致する人材を積極的に採用

ーーつまり企業は、根本的な思想、いわばOSを変えていく必要があるということですね。

畑:まさにその通りです。企業は大きな変化を求められていますが、実際に理想通りに変革を遂げるのは難しいことです。自社の価値観に合致した人材を採用することで、スムーズな組織変革が実現可能になります。

は、「従業員は会社の方針に従うべき」とされていましたが、現代は個人が会社に縛られず、転職が容易です。そのため、初期の順調な関係は時間が経つと不満へと変わり、頻繁な転職が起こる傾向にあります。

ーーそれでは、現代の企業にとって、価値観の合致する人材を採用することが最も重要と言えるのでしょうか?

畑:はい、そう思います。価値観には、人間観や組織観、仕事観、経営リソースへの考え方、スピード感など様々な要素が含まれます。例えば、優秀と言われている営業部長を採用しても価値観が合わない企業に入社した場合、長続きしないし、社内でのパフォーマンスも上がりにくいでしょう。そのような観点で、私たちの会社では、Skill matchingを軽視するわけではないものの、「Will matching」、つまり価値観のマッチングをより重視しています。

企業の規模に関わらず、多くの経営者がこの考え方に共感してくださる様子を見ていると、私たちが提言していることはあながちズレておらず、ビジネス社会が新しい時代に入っていることを感じます。

採用戦略:「Will matching」を活用した最適な人材獲得

ーー貴社のWill matchingについて、もう少し詳しく教えていただけますか?

畑:弊社のエグゼクティブサーチにおいては、従来のSkill matchingよりもWill matchingに重点を置いています。このアプローチは、採用(入社)の本質=採用(入社)後の活躍を考えれば自然な流れです。

ここで重要なのは、スキルの有無ではなく、価値観の一致です。企業も個人も、それぞれに固有の人格や人生観を持ち合わせています。例えば、性善説と性悪説のような人間観ビジネスのリードタイムに対するアプローチのような仕事観など他にも多岐に渡ります。

ーー実際に経営職の方で、合わないケースとはどのようなものが多いのでしょうか?

畑:合わないケースでは、例えばマネジメントスタイルの違いが影響します。性悪説の下では、細かなKPIや厳格な管理が行われる一方、性善説では柔軟性が重視されます。

また、ベンチャー企業と大企業では、リソースやリスクに対する考え方が根本的に異なります。大企業出身者がベンチャーに入ると、安定性の違いからフラストレーションが生じ、事業の中止に至ることもあります。こうした価値観の違いが、合わないケースの一因です。

ーーそれでは、企業が経営幹部を採用しても、結果的に損失になってしまうことがあるということですか?

畑:まさにその通りです。ミスマッチした経営幹部の採用は、お互いにとって時間とコストの無駄になってしまうことがあります。そうした経験をした後に、私たちのWill matchingのコンセプトに関心を持ち、相談を受けることが増えています。

ーー経営者の価値観や企業文化を明確にすることが重要だというお話でしたが、具体的にどのように行っているのでしょうか?

畑:オーナー企業と非オーナー企業ではアプローチが異なります。オーナー企業の場合は非常にシンプルで、会社の価値観は基本的に社長の価値観と同一なことが多いです。そのため、社長に経営・事業・組織(人)で大切にしていることや大切にしているスタンス、考え方について教えていただくようにしています。

企業文化の根幹は創業者にあります。そのため、創業者が何を好きで何を嫌いかということは重要と考えます。打ち合わせの際は経営に対する考え方や事業について話をしますが、実際には、「社長がどのような人を好み、どのような人を嫌うか」という話になることが多いのも事実です。

地方の中小企業の採用問題:魅力的なストーリーを構築する

ーー地方の中小企業の採用問題の一つに、若い人材の確保があります。この課題は特に地方では深刻で「どうすれば効果的に採用できるのか?」という声が頻繁に聞かれます。この問題に関して、何かアドバイスはありますか?

畑:私の結論は、若い人材に限定するのではなく、シニア層のポテンシャルに注目すべきです。彼らは豊富なネットワークと経験を持っており、地方企業にとって貴重な資産です。

また、採用時には会社の理念やビジョンを明確に伝えることが重要です。経営者が事業のストーリーを伝えることで、採用に魅力を与えることができます。

実際に、お付き合いのある経営者の方々からよく聞くのは、経営者の仕事の中で理念やビジョン、事業をストーリーとして繋げることが大切だということです。

人的資本経営の実践:中小企業が最初に取り組むべきステップは採用プロセスの見直し

ーー中小企業が人的資本経営を始めるために、最初にできる簡単なステップはありますか?

畑:まずは、採用プロセスの見直しに取り組むことが重要です。中小企業では良い人材を採用することが難しいため、妥協して採用することもありますが、妥協して良い部分と、してはいけない部分が存在します。

妥協してはならないのは、会社の核となる価値観です。これに共感できる人材を採用することは、長期的な活躍と人的資本経営への道を開く鍵となります。価値観に合った人材を採用しなければ、人的資本経営の実践は困難になるでしょう。

ーー企業が人材のスクリーニングを行う際、どのような方法を採用していますか?

畑:これは難しいテーマですが、一つは価値観を診断するようなアセスメントツールの導入ですね。そのアセスメントツールで出た結果を元に判断をする。

二つ目は面談を通じて候補者の志向性を探る形で行われるケースです。実績を残していても価値観が合わないと判断された場合は見送る、といったことです。

ある上場企業の社長は、「候補者の志向性が企業の方向性と合致する人を採用したい」と断言されます。例えば、転職を通じて自分のキャリアや収入を向上させたいといった自分軸が強すぎる場合、採用しないなどです。

この企業では、社会への影響や進むべき方向性を明確にしており、面接時にもそのビジョンが話題になります。優秀な候補者であっても、自分軸な志向性では採用されません。一方、スキルが不十分でも、企業の方向性と一致する志向性を持つ場合は、そのポテンシャルを評価して採用することもあります。つまり、この企業はスキルよりも候補者の価値観や志向性を重視しているのです。

ーーその会社は急速に成長しているのですか?

畑:非常に速いペースで成長しています。もちろん、これが唯一の要因ではありませんが。

ーー面談を通じて候補者の志向性を探ることは、人的資本経営を目指す採用プロセスには欠かせないということですね。

畑:そう思います。残念ながら、面接での深い議論が欠けているために高額な採用費用を無駄にしている企業も多く存在します。こうした企業では、面接時の質問が「何ができるか」や「過去に何をしてきたか」といった表面的な内容にとどまり、採用に対する深い洞察が行われていないのが実情です。

特に地方の中小企業では、応募者の経験やスキルに関する基本的な質問が一般的です。例えば、製造業での営業経験の有無など、表面的なスキルや経験に基づく採用が多く見られます。このような採用プロセスでは、入社後に価値観や期待の不一致が発生し、結果的には上手くいかないケースが少なくありません。

人的資本経営:企業文化の定着

ーー話題を変えて、先ほど触れた企業文化の定着に向けた取り組みについてお伺いします。

畑:私たちは主に、地方の中小製造業に焦点を当て、マネジメントの定着に力を入れています。地方企業では、事業承継に伴う経営者の変更により、組織や経営の見直しが必要です。これまでは、職人文化が主流でしたが、今はこれに頼るだけでは不十分です。社長と部長陣の協力が不可欠であり、そのために私たちはミーティングや個人面談の場を設けるなどのサポートを行っています。

ーーなるほど、とても興味深いですね。

畑:他にも、部長に対してマネジメントの重要性を伝える取り組みも行っています。マネジメントの経験不足に対処するため、彼らの行動や考え方に関するサポートも行います。

定期的なセッションや社長の壁打ちを通じて、社長の悩みや事業に関するアイデアに対して、適切な人材や企業をアレンジするなど、事業の成長を間接的に支援しています。

ーー人的資本経営についての今日のお話は、その深さを改めて感じました。

畑:本当に深いテーマです。理想と現実のギャップもあると思います。非常に複雑で、一つの方法でうまくいくわけではありません。大手企業も含め、まだ明確な解を見つけている企業は少ないでしょう。それぞれの企業が、独自のアプローチで試行錯誤している状況です。

採用の変化:従属関係でなく対等な個人として迎え入れる

実際、私たちの行動は自己選択の結果です。

デジタル技術の進化により、個人の価値観や選択肢は多様化しています。従来のような従属関係に基づく雇用関係はもはや時代遅れで、対等な関係が求められます。

企業はこれに適応し、人的資本経営や人事施策を見直す必要があります。従業員を単なる使用人として見るのではなく、対等な関係性を築くことが、新しい時代の組織作りに不可欠だと思います。

人材戦略:企業文化と一致する人材採用の重要性

ーー企業が自身の価値観を理解し、それに合う対等な個人をメンバーとして迎え入れることが重要になってくるということですね。

畑:実は、多くの企業の就業規則を見ると、従業員は基本的に会社の指示に従うべきという項目が多く含まれています。転勤や移動についても、基本的には断ることができないとされています。しかし、これは本質的に矛盾している話です。もし本当に対等な関係性があるならば、このようなスタンスは変わるべきです。

「人材版伊藤レポート2.0」では、企業文化に合わせて組織や個人の行動変容を促す」という項目があります。これは非常に難しいことですが、個人の多様性を考慮する必要があります。採用プロセスで企業文化にマッチする個人を見極めることが、組織の成長と成功に不可欠です。

ーーインタビューのお時間をいただき、誠にありがとうございました。これにてインタビューを終了とさせていただきます。

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