イエメンの反政府武装組織「フーシ」(フーシ派)による紅海での商船攻撃が頻発し、海上運賃が急騰しています。具体的には、CNNロンドンは、40フィート型のコンテナ1個あたりの輸送費が前年比で233%増の5,117米ドル(約717,148円)に達していると報じています。
これに対応するため、マースクなどの大手海運企業は船舶の運航を中断する事態に備え、緊急割増料金を設定し、価格を値上げしています。さらに、紅海の不安定な情勢によるサプライチェーンへの影響が強まっているとし、継続的なコスト増が予想されています。
フーシ派の攻撃が止まる気配はなく、新たに貨物船が沈没する事態も発生しています。これにより、マースクやハパックロイドなどの企業は航路を変更し、アフリカ大陸最南端部を迂回する措置をとっていますが、これがさらなる航行時間の延長と、シンガポール、マレーシア、上海、バルセロナなどの主要港での混雑と遅延を引き起こしています。これは季節物の商品を扱う企業にも悪影響を与えています。
スエズ運河につながる紅海の安全性が脅かされている現状は、国際貿易にとって大きな問題となっています。世界の海上運送は燃料高騰に加えて、地政学的問題が大きく影響しており、輸送コストが上昇しています。
フーシ派による紅海での船舶攻撃について
紅海とスエズ運河経由の海上コンテナ輸送は全体の約10%を占め、紅海はアジアと欧州を結ぶ重要な水路です。2023年11月以降、イエメンのフーシ派が紅海を航行する船舶に対する攻撃を繰り返しており、特にイスラエルと関連があると判断した船舶を標的にしています。イランの準軍事組織がリアルタイムでフーシ派に情報提供し、それを用いて攻撃が行われているとの報道もあります。
紅海は石油・天然ガス輸出の大動脈であり、スエズ運河を経由する輸送量はロシアのウクライナ紛争後に増加しました。紅海経由のエネルギー輸送は、海上石油貿易全体の12%、液化天然ガス(LNG)の世界貿易の8%を占めています。スエズ運河経由の石油輸送量は今年1~11月で前年同期比46%増加しました。
フーシ派の攻撃により、多くのコンテナ船が航路を変更し、世界の海上輸送能力が20%減少する可能性があります。これにより、物流コストが上昇し、中国から英国へのコンテナ運賃が4倍になるなどの影響が出ています。海上貿易路の混乱により、陸路や航空輸送への依存が高まり、それらのコストも上昇しています。
最悪の事態はホルムズ海峡の閉鎖であり、これは原油価格の急騰を引き起こす可能性があります。ホルムズ海峡では日量約2,000万バレルの原油・石油製品が行き交っています。紛争の拡大がホルムズ海峡の閉鎖につながることがないか、引き続き金融市場の懸念となっています。
喜望峰ルート船舶が倍増
フーシ派による紅海航行中の商船への攻撃が続いているため、紅海航路を避ける動きが広がっています。スエズ運河を通過する船舶の推定積載量が減少し、代わりに南アフリカ共和国の喜望峰を通過する船舶の積載量が増加しています。具体的には、スエズ運河を通過する船舶の推定積載量が前年同期比で56%減少している一方で、喜望峰を通過する船舶の積載量は前年同期比でほぼ倍増しています。これは紅海航路の危険性を回避するための措置として、より安全な喜望峰経由のルートを選ぶ船舶が増えたことが理由です。
喜望峰ルートを通ると、通常のスエズ運河経由に比べて次のように日数がかかると報告されています。スエズ運河経由では、アジアとヨーロッパ間の輸送に通常30日から40日程度かかります。一方、喜望峰ルートを通る場合、スエズ運河経由と比べて片道で10日から15日、往復では3週間から4週間余計にかかるとされています。
つまり、喜望峰ルートを利用することで、往復の航海時間が通常のスエズ運河経由と比べて約20日から30日余計にかかることになります。この増加した航海時間が、燃料費、人件費、船舶の利用効率低下などのコスト上昇につながる要因となります。
また、欧州とアジア間の往復日数が延びたことで、船のダイヤが乱れるだけでなく、コンテナの回送にも影響を及ぼしています。2月下旬からは運航を休止する週が発生したり、地域によって空のコンテナが不足するなどの問題が発生しています。
紅海での攻撃がスエズ運河の代わりにアフリカ南部を迂回する航路を余儀なくさせていますが、世界2位のコンテナ会社APモラー・マースクは航路の容量損失を15-20%と推計しています。
航路の迂回による港の混雑が悪化
航路を迂回することによって、シンガポール、マレーシア、上海やバルセロナ港で混雑が生じています。
シンガポール海事港湾庁(MPA)は、喜望峰ルートを迂回する船の増加や予定外の入港が多発しており、バースに着岸するまでの平均待機時間が2~3日に延びていると報告しています。
このようなシンガポール港の混雑は長期化する可能性があります。予定外の入港やコンテナ取扱量の増加、さらに国際貿易の増加による船腹不足などが続いているため、港の処理能力が追いつくまでは、バース混雑やスケジュール遅延の問題は解消されにくい状況です。新たにバースを追加するトゥアスターミナルの運用が始まるまで、これらの問題が続くと考えられます。トゥアスターミナルの運用開始は2024年後半からの予定であり、それまでの間は現状の混雑が続くことが予想されます。
海上運賃の急上昇
攻撃のリスクが高い地域を避けるため、より長く安全な航路である喜望峰ルートを選ぶ船舶が増えています。この航路変更による迂回は燃料消費の増加や運航スケジュールの遅延を招き、それが運賃の上昇につながっています。
需要が供給を上回る状況も、海上運賃の上昇に寄与しています。荷主は以前の危機から学び、需給が逼迫するピークシーズンに備えて輸入を前倒ししています。また、バイデン米政権が引き上げる中国からの輸入品への制裁関税に関して、米通商代表部(USTR)は22日、電気自動車(EV)への税率を8月1日に現在の4倍の100%に引き上げると発表しています。(出典:米国、中国EV100%関税を8月実施へ USTR案を公表)これが企業の前倒し輸入に拍車をかける可能性があります。
同時に、船舶の不足、港の容量問題、輸送ルートの制約が供給を限定し、既存の輸送能力に対する競争が激化し、運賃が上昇する要因となっています。
コンテナのスポット運賃も上昇を続けており、アジアから米国西海岸向けの運賃は5週連続で上昇し、昨年末の3倍に達しています。
需要と供給の不均衡、燃料費の上昇、港の混雑と遅延、船舶の運行スケジュールの乱れが、輸送コストの上昇を招いています。
海上運賃の上昇がインフレにどのように影響するか?
海上運賃の上昇はさらなるインフレを招きます。以下に理由を挙げます。
海上運賃が上昇すると、輸入される商品の輸送コストが増加します。このコストは最終的に消費者価格に転嫁されるため、輸入品の価格上昇につながります。特に、食品、原材料、消費財など、海外からの輸入に依存している商品に顕著です。
原材料や部品の輸送コストが増加すると、製造業者の生産コストも上昇します。これにより、国内で生産される商品の価格上昇も招きます。
輸入品と国内生産品の両方の価格が上昇すると、消費者物価指数(CPI)が上昇し、国内のインフレ率が高まります。物価の全体的な上昇は、消費者の購買力を低下させ、経済全体の物価安定に対する圧力となります。
海上輸送の遅延や不安定さはサプライチェーンに悪影響を及ぼします。市場に商品が供給されるタイミングにズレが生じ、一時的な品薄状態が発生することがあります。その結果、需要と供給の不均衡が発生し、価格がさらに押し上げられる可能性があります。
運送コストの増加は企業の利益率にも影響を与え、投資や採用の抑制につながる可能性があります。長期的な経済成長に悪影響を及ぼすことも考えられます。
海上運賃の急上昇はインフレ率の上昇に大きく寄与し、経済全体に多面的な影響を及ぼす要因となります。
欧州航路荷動き動向
日本海事センターが発表した4月のコンテナ航路荷動きの速報値によると2024年2月の欧州航路における輸送量と運賃指数は顕著な増加を示しています。欧州往航(アジアから欧州)の輸送量は前年比17.8%増の1,195,446TEUとなり、これは中華地域積みが29.1%増加したことが大きな要因です。
一方、欧州復航(欧州からアジア)の輸送量も4.3%増の537,798TEUで、2か月連続の増加となりました。2024年3月の欧州往航運賃指数は前年比74.4%増の4,002ドル/40ft、欧州復航運賃指数は前年比17.1%増の1,157ドル/40ftとなり、いずれも3か月連続で増加しています。(参考:主要コンテナ航路の荷動き動向(速報値*))
これらのデータは、アジアから欧州への輸出が活発であることを示しており、全体的な貿易活動の活性化を反映しています。また、運賃の上昇は物流コストの増加を示唆し、企業のコスト構造に影響を与える可能性があります。
欧州航路の展望について
2024年第1四半期において、紅海・スエズ運河の情勢は未だ収束しておらず、商船や貨物船への攻撃が継続し、激化しています。アジアから欧州への航路で、紅海・スエズ運河の通航停止が広がり、喜望峰経由の迂回ルートの利用が進んでいます。
また、航空による緊急輸送の動きも一部で見られましたが、2021年から2022年前半のような航空貨物輸送の急拡大には至っておらず、喜望峰経由の迂回ルートでは航行距離と運航日数、コストや運賃が増加していますが、これまでのところ荷主企業にとっては許容範囲内であり、航空による緊急輸送を必要とする状況ではないと国際物流アナリストは分析しています。
今後、欧州航路は紅海・スエズ運河情勢の収束と通航の再開が鍵となります。しかし再開の見通しは明るいとはいえません。先日、ドイツのロイターは、たとえイスラム組織ハマスとイスラエルの停戦が成立したとしても、海運各社がスエズ運河の航行をすぐに再開することはないとの見方を示しました。
またイスラム武装勢力の攻撃対象がインド洋・アフリカ航路に拡大し、喜望峰経由の迂回ルートの安全性が低下すれば、保険料を含む海上運賃が高騰する可能性があります。喜望峰経由の迂回ルートの減便や運航停止、海上運賃の高騰で航空運賃と差がなくなれば航空シフトや航空代替輸送への移行していく可能性があります。
※参考文献
イエメン・フーシ派による紅海での船舶攻撃で、世界の物流が混乱|2023年
フーシ派が攻撃した貨物船沈没、紅海航路回避の動き拡大
港湾の混雑、長期化を懸念する声も(シンガポール) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース
海上運賃が急上昇、コロナ禍「混乱」想起させるペース-需給に逼迫感 - Bloomberg
ガザ停戦でもスエズ運河の即時航行再開はない=独海運会社 | ロイター)
「2024年度の経済と貨物輸送の見通し」(改訂)| NX総研ろじたんHb