都市部への過度な人口流入と地方の過疎化が進む中、地方創生は日本における喫緊の課題であると言えます。そんな中、地方創生の新しいアプローチの一環として始まっているのが、デジタル田園都市国家構想です。
デジタル施策に焦点を当てた地方創生プロジェクトであるこの構想は、具体的にどんなゴールを目指しているのでしょうか。この記事ではデジタル田園都市国家構想の概要や、具体的な取り組み、そして実現に向けて解消すべき課題について、解説します。
地方創生とは
そもそも地方創生とは、もともと少子高齢化対策の一つのアプローチとして始まった取り組みです。都市部、特に首都圏への人口集中の是正を目指し、日本各地での住みよいまちづくりを推進することで、日本全国の活性化と持続可能な社会づくりを進めます。
地方創生のビジョン
地方創生に向けた「まち・ひと・しごと創生法」が制定された2014年、政府は地方創生の目指すべきビジョンとして、2060年に1億人程度の人口を維持するといった中長期的な展望を示しています。
現在、国を挙げて行われている地方創生の取り組みは、そんな長期ビジョンを達成するための施策であり、5年ごとの方針策定などを行なっているところです。
地方創生の総合戦略
また、政府は2020年を初年度とする地方創生の総合戦略をスタートさせており、これによるとその基本目標は
- 稼ぐ地域の創出と安心できる労働環境づくり
- 地域と人のつながりの促進と地域への人流づくり
- 結婚や出産、子育てに関するニーズの解消
- 人が集い、安心して暮らせる地域づくり
の4点の達成と定めています。魅力的な地域づくりによって、内部からの人口流出防止はもちろん、外部からの人の流れも創出し、人口の維持に努める戦略です。また、多様な人材の活用も促進し、新しい時代のトレンドを味方につけられる地域づくりも、地方創生の基本戦略と言えるでしょう。
デジタル田園都市国家構想とは
このような文脈が創出され、さまざまな取り組みが行われる中、近年登場したプロジェクトの一つがデジタル田園都市国家構想です。
デジタル田園都市国家構想は、デジタル庁が内閣府地方創生推進室と、共同で推進するデジタルを使った地方創生アプローチです。豊かな田園風景をはじめ、その地域が持つ元々の豊かさや魅力はそのままに、首都圏が有する、あるいは首都圏にはないデジタル化による恩恵を、各地域にもたらすことを狙いとしています。
デジタルの恩恵を地域の人々はもちろん、地域外の人間も受けられるようにすることで、豊かで住みやすい地方のまちづくりを進めていこうというのがコンセプトです。
デジタル田園都市国家構想の目的
地方のデジタル化、というのは地方創生の中でも幾度となく語られてきた施策ですが、デジタル田園都市国家構想においては、具体的には以下のゴールを定めていると考えられています。
地方におけるデジタルインフラの整備
デジタル化を推進する上で欠かせないのが、デジタルインフラの整備です。高速インターネット回線の普及や、5G回線の提供、データセンターの設置、さらには海底ケーブルの敷設に至るまで、デジタルインフラ整備の余地は数多く残されています。
首都圏で実装されているデジタルサービスの多くは、このようなデジタルインフラが充実しているがゆえに、成立しているものが大半を占めます。地方においても首都圏と同様の環境が整備されることで、初めて円滑なデジタル導入や、地域に最適化されたデジタルサービスの提供が実現するでしょう。
地方におけるデジタル技術の実装
豊富なデジタルインフラを活用した、デジタル技術の実装についても、デジタル田園都市国家構想の一環です。民間企業や自治体、教育機関などにおけるリモートワークの実践や、遠隔医療の提供、その他、防災アプリの提供などの公共サービスの充実を図ることで、デジタルが当たり前のライフスタイルや働き方を浸透させます。
また、誰一人デジタル化の波に取り残さないというコンセプトのもと、高齢者などのデジタルに慣れていない層への支援も拡充し、積極的なデジタル活用を進めていくことも、同構想において重視されています。
新しい資本主義における成長戦略
デジタル田園都市国家構想は、地方のサービス拡充などを通じて住みよい国づくりを進めていくためのプロジェクトであるとともに、新しい資本主義を適用した成長戦略としての側面も持ちます。
政府が掲げる新しい資本主義とは、成長と分配の好循環を創出することに重きを置いているイデオロギーの一種です。従来の資本主義では、ゼロサムゲームの考え方にも現れているように、一部の資本家が巨大な富を築き、それ以外の庶民は、残された小さなパイを取り合わないといけないというものでした。このような経済格差を誘発する考え方を改めたのが、新しい資本主義という考え方です。
新しい資本主義においては、成長によって得た利益は広く国民に分配し、幸福を分かち合うことに重きを置いています。社会主義的な考え方も取り入れたこのイデオロギーの下で、デジタル田園都市国家構想は誕生しました。
デジタル化による恩恵を都市部だけでなく、各地方においても公平に取り入れ、その利益を享受することで、都市部以外の地方でも豊かな生活や安定した就業環境を得られることが期待されます。
デジタル田園都市国家構想に期待される主な取り組み
デジタル田園都市国家構想の実現によって、多様な分野でのさまざまな取り組みが期待できます。ここでは主な各分野での取り組みについて、解説します。
育児分野の取り組み
育児の領域では、各種手続きの簡略化などによる速やかな援助の受取などが期待されます。マイナポータルを有効活用し、ワンストップで全ての手続きを行うことができれば、子育てに伴う負担軽減にもつながるでしょう。
医療分野の取り組み
医療分野においては、デジタルを活用した個別最適の医療提供が期待されます。スマホアプリやスマートデバイスを使って個々のライフログを正確に記録し、必要な時に必要な医療を、誰でも受けられるようになるかもしれません。
教育分野の取り組み
教育分野では、いわゆるGIGAスクール構想の実現が期待されています。子どもたち一人一人にタブレットやPCを提供し、グローバルスタンダードな最先端の教育を、どこに住んでいても受けられる環境づくりです。
物流分野の取り組み
物流の分野においては、ドローンや自動運転を駆使した効率的で迅速な輸送の実現が期待できます。ドライバー不足や輸送が困難な山間部への物流コストを小さく抑え、都市部同様のサービスを受ける上では、これらのハイテク活用は今後不可欠となるでしょう。
防災分野の取り組み
防災分野では、優れた情報共有が可能な防災プラットフォームの構築や、防災業務のデジタル化によるシステム維持の負担軽減などが期待されます。優れた予測技術を広く普及させ、被災リスクを最小限に抑えることができます。
デジタル田園都市国家構想の課題
このように、デジタル田園都市国家構想の実現は、多くの希望をもたらしてくれる一方で、その実現に関しては超えなければならない課題もあります。
上記のような都市国家構想を実現する上で、最も懸念されているのがデジタル人材の不足です。デジタル活用を推進する力を持った人材の主な就職先は現在、首都圏の企業に集中しており、地方での人材確保が今ひとつ進んでいません。デジタル人材はDXの浸透もあり、多くの企業で需要があり、地方の組織が支給できる待遇や賃金では、人手集めが極めて困難であるためです。
デジタル人材の確保は、地方と首都圏で起きている賃金格差の影響を大きく受けているため、今後はこの賃金格差を是正するための取り組みが、自治体や行政に期待したいところです。
デジタル田園都市国家構想の展望
デジタル田園都市国家構想においては、ある程度具体的なKPIがすでに示されており、政府はデジタル実装に取り組む地方公共団体を、2024年度までに1,000団体、2027年度までに1,500団体まで増やしたいとしています。
参考:https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/digitaldenen/sougousenryaku/index.html
また、光回線の利用を可能にする光ファイバーの世帯カバー率を2027年度に99.9%、1人1台で端末を授業に、ほぼ毎日活用している学校の割合を2025年度までに100%にしたいとするなど、いずれも将来性のあるKPIとなってるのが特徴です。うまく人材確保の問題を解消できれば、このような環境整備の恩恵を、早期から有効活用できるようになるでしょう。
まとめ
この記事では、デジタル田園都市国家構想が地方創生において果たす役割や、具体的な取り組みの内容、構想を実現する上での課題について解説しました。
地方のデジタル化は、地方創生において大きな役割を果たしますが、インフラ整備や人材の確保など、やるべきことは数多く残されています。特に人手の確保については自治体と政府、そして民間企業の連携が欠かせず、積極的な取り組みが求められるでしょう。地方におけるIT環境の整備が進むことで、問題の是正が進むことも期待できます。